「IoT編」は、前回のコラムをご覧ください。
1回目コラム:事業構造はカタチを変える-① トヨタが示した新ビジョン、モノづくりからサービスブランドへ
2回目コラム:物流と都市の概念を拡張する、トヨタの新ビジョン 事業構造はカタチを変える-②
3回目コラム:アマゾン、Uberとの協業で実現するトヨタの新構想 事業構造はカタチを変える-③
4回目コラム:自動車のワイパーが動いたデータから、雨降りを知る 〜IoTによる産業構造の変化〜
IoT、ビッグデータ、AIがシームレスに機能する「オートメーション時代」のサービスでは、データの質と量が要になります。それらデータは、収集される事でビッグデータを形成していきます。ではビッグデータとは何なのか、どの様に定義されているのか見ていきましょう。
総務省情報通信白書平成25年版では、ビッグデータの特徴に関して以下の様に解説しています。
「ビッグデータの特徴について説明すると、データの利用者やそれを支援する者それぞれにおける観点からその捉え方は異なっているが、共通する特徴を拾い上げると、多量性、多種性、リアルタイム性等が挙げられる。ビッグデータを活用することの意義は、ICTの進展に伴い多種多量なデータの生成・収集・蓄積等がリアルタイムで行うことが可能となり、そのようなデータを分析することで未来の予測や異変の察知等を行い、利用者個々のニーズに即したサービスの提供、業務運営の効率化や新産業の創出等が可能となっている点にある」。
(下線は著者)
そして、総務省情報通信白書平成29年版で、ビッグデータの種別は以下の4つに分かれると、新たな定義が加わりました。
1)政府:国や地方公共団体が提供する「オープンデータ」
政府や地方公共団体などが保有する公共情報について、データとしてオープン化を強力に推進することとされているもの
2)企業:暗黙知(ノウハウ)をデジタル化・構造化したデータ
農業やインフラ管理からビジネス等に至る産業や企業が持ちうるパーソナルデータ以外のデータ
3)企業:M2M(Machine to Machine)から吐き出されるストリーミングデータ
例えば工場等の生産現場におけるIoT機器から収集されるデータ、橋梁に設置されたIoT機器からのセンシングデータ(歪み、振動、通行車両の形式・重量など)等が挙げられる
4)個人:個人の属性に係る「パーソナルデータ」
個人の属性情報、移動・行動・購買履歴、ウェアラブル機器から収集された個人情報を含む
この様にビッグデータには、元々データを集めるために存在するもの(衛星や監視カメラなど)から吸い上げたデータから、IoTにより世の中に製品として配布されたセンサーから吸い上げたデータ、個人の購買行動やウェブサイト上での行動履歴(人の思考や趣味嗜好)、企業が持つノウハウ等非常に多種多様なデータが含まれることが解ります。今後こうした様々なデータを組み合わせることで、従来は想定し得なかった新たな産業が実現し、その実現において異なる領域のプレーヤーが連携するイノベーションの実現が期待されています。
例えば、コラム1〜3回目で見てきたトヨタ自動車「e-Palette」を例にしてみてみましょう。トヨタ自動車はこの構想で、自動車メーカーから、モビリティ・カンパニーに変わっていくと宣言しています。ここでいうモビリティの対象は、人の移動に限った話ではなく、買った物の配送や店舗自体の移動といった流通形態にまで踏み込んだ新たなモビリティ・サービスも描かれています。このようなサービスを実現するためには、人の購買情報や位置情報、配送する物の属性や形状等も把握しなければなりません。
自動運転の実現までであれば、自動車に搭載したセンサーと、地図、道路、信号情報にアクセスし、自動運転を司る高度なAIで実現できますが、物流を実現するとなると、それらとは異なるデータにアクセスしなければなりません。つまり、産業の領域を超えてデータを連携しなければ「e-Palette」の世界観は実現しません。コラム3でも触れたように、トヨタ自動車はこの世界の実現に向けて、様々な企業との連携を発表しています。中でも流通の領域で提携する代表的な企業はAmazonです。Amazonが吸い上げるデータの特徴は、顧客個人の属性、趣味嗜好、購買履歴や行動等があげられます。
これらの情報は、トヨタ自動車が自社の自動車に設置できるセンサーでは吸い上げられない情報です。一方でAmazonからすると、顧客の要望にリアルタイムにこたえられる物流のシステムを配備するには相当な時間とお金がかかります。それは、物流会社を買収すれば済む話ではなく、物流の自動化を目指す企業が保有するビッグデータとの連携がかかせません。つまりトヨタ自動車とAmazonは、事業領域の補完関係という関係性と同様に、データ領域の補完関係により有益なパートナーとなりえます。
このような構想が代表するように、今後企業がパートナーシップを結んでいく視点は、事業領域のシナジー同様にデータ領域のシナジーが重要になってくることがわかります。トヨタ自動車がAmazonをはじめとした国籍の異なる様々な企業とパートナーシップを結んでいる様に、世界はビッグデータを経営資源とした新たな経済圏を形成していくことが予測できます。
余談ですが、ビッグデータは、あらゆるセンサーから吸い上げられた物理的、社会的、個人的情報により形成されていますが、それは誰もがアクセスして利用できるデータではありません。あらゆるデータにそのデータの帰属先が明確でなければ、安全なデータの運用につながりません。米マサチューセッツ工科大学のアレックス・サンディ・ペントランド教授は、「データのニューディール」と称し、データを収集される側の個人に有利なように、データ取得権を見直すべきだと唱えています。どのようなデータが収集されているかを可視化し、収集を認めるかどうか本人の意思で決められるようにするべきだという主張です。
このような主張と議論が今後活発になっていくことは予測されますが、その結果ビッグデータによる産業構造変化のスピードにマイナスの影響を及ぼすことも想像できます。一方で中国のように、他の先進国と比較すると個人データの収集に抵抗の少ない国民性のもとにおいては、ビッグデータを活用した新しいサービスが次々と実現していくことが予測されます。日本企業は、デジタル時代のケーススタディをフォローしていく対象を、シリコンバレーから中国に広げ、実装段階で起きている事象を観察していくべきだと感じます。
次回コラムでは、AIによる産業構造の変化について考えていきたいと思います。
室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士
新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。
<コラムが書籍になりました>
『すべての企業はサービス業になる 今起きている変化に適応しブランドをアップデートする10の視点』室井淳司 著(好評発売中)
オートメーション化、シェアリング・エコノミー、O2O・・・要は何が起きているのか? 大きな変化を俯瞰し、判断の基準を持つことで戦略を正しい方向へと進めていきたいすべての人のための必読書です。