【前回の記事】「今すぐ身に付けたい、メディア対応の基本とは」はこちら
Q.日本大学のアメフット問題が発生後、記者会見の手順などを確認しておくべきではと社内で問題意識を持つようになりました。会見前の「準備」の手順とポイントを教えてください。
A.
まずは「キーメッセージ」「冒頭スピーチ」「想定問答集」の3点セットをつくりましょう。
メディアトレーニングでは、架空の設定か近く実施予定の記者会見や記者インタビューでのメディア対応について予行演習をします。会見の準備段階から指導し、会見の目的を特定した後、「キーメッセージ」「冒頭スピーチ」「想定問答集」の3点セットをつくる流れが基本です。
本稿ではこの流れを説明するに当たって、多くの方がご覧になったであろう日本大学のアメフット選手の記者会見を引用します。悪質なタックルで関西学院大学の選手が負傷した問題を受けて、5月22日に選手が1人で行った会見です。
日大選手はどう準備した?
この会見における選手のメディア対応は完璧でした。一連の流れの潮目を変え、日大が追い込まれるきっかけにもなりました。日大は翌日に、前監督とコーチの会見を行い、25日には学長の会見を行いましたが、「支離滅裂」「慇懃無礼」な会見で、まさに火に油を注ぐ結果となったのです。ひとつの記者会見が、これほど世論を動かした事例は、少なくとも最近では他にないと思います。
日大選手の会見では、弁護士などによる入念な事前準備があったと思われますが、一般にメディアトレーニングでは、どのような手順で準備を指導するのでしょうか。本件を参照しながら説明します(図1)。
手順1 会見の目的を特定する
本件では、選手が何も言わないと、タックルによる傷害の責任を選手1人が負わされてしまう可能性がありました。そのため、「追い込まれて反則を犯してしまった」という事実を詳細に関係者と世の中に伝える必要があったのです。
自ら「反則はしない」という選択肢を取ることもできたわけなので、その点の非と責任はしっかりと認め、ケガをさせた選手・関係者および国民に深く謝罪する目的があったと考えます。
手順2 目的を伝えるためのキーメッセージと話し手の態度を決める
今回、会見で使われたキーメッセージは次の通りです。「相手選手や関係者に大きな被害を与えてしまい、深くお詫びします」「どんなに追い込まれていても、やらないというオプションはあった。自分の判断が甘かった」。冒頭部分では、監督とコーチの指示や、対応した自分の行動を具体的に話す工夫もしていました。
基本的に、「自分の感情は話さない」と決めていたように見えました。特に監督やコーチに対する感情は記者が聞いてもコメントしませんでした。感情を話すと事実の重みがなくなったり、反論のきっかけを与えてしまったりすることがあります。
3点セットは頭に叩き込む
キーメッセージを作成したら、より細かな準備を。メディアトレーニングでは次のように指導しています。
手順3 冒頭スピーチを用意する
キーメッセージと基本態度をベースに原稿をつくります。会見で読み上げるとともに、印刷して記者に配布すると親切です。
手順4 「想定問答集」をつくる
キーメッセージと冒頭スピーチを基に、10~20個の想定問答を考えます。日大選手の会見で言うと、「後輩のことを考えると、過酷な指導をどう思うか?」という質問などは事前に想定していたものではないでしょうか。選手は、「指導について僕は何か言える立場にない。同じことが起きないことを願う」としっかり答えていました。
メディアトレーニングでは、記者会見の話し手に「キーメッセージ」「冒頭スピーチ」「想定問答集」の3点セットを頭に叩き込んでもらっています。話し手がこれらの作成段階から参加することが理想です。
日大の選手も、この3点セットを厳守していました。その他にも、話し方やボディランゲージなどに関するあらゆる鉄則を厳守して話していました。メディアトレーニングを受けた企業のトップでも、これほどまでの完璧な対応ができる人は多くありません。「自分の非を認めて心から謝罪したい」「事実を話したい」という真摯な気持ちがあったからこそ、真実味と説得力にあふれた記者会見が実現できたのだと思います。
この会見と大学側の会見を比較してみると、「嘘はバレる」「言い逃れは信用失墜をもたらす」という事実も学ぶことができます。とはいえ、あなたやあなたの会社の経営陣がいざ会見場に立ったら日大の選手のように冷静なコメントができるでしょうか。ぜひメディアトレーニングの場で、身をもって体験していただきたいと思います。
山口明雄(やまぐち・あきお)
アクセスイースト 代表取締役
東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務めたのを皮切りに、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。2018年2月、『危機管理&メディア対応 新・ハンドブック』(宣伝会議刊)発売。