クリエイティブデータ部門受賞作の傾向 — カンヌライオンズ2018
前回は、私が審査員を務めたカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルのクリエイティブデータ部門におけるプレジャッジから受賞作決定のプロセスを紹介しました。今回は各審査過程でのディスカッションやそこから得られる受賞作の共通項を解説します。
審査開始にあたり、部門の審査員長であるMarc Maleh氏 (Global Director, Havas)から説明された審査のポイントは、以下の通りでした。
「データそれ自体は単なる成分(ingredient)にすぎず、それを使ってどうアイデアをつくり、ビジネスゴールに到達できたかが重要。一方で、そのデータ(および活用)がなかったら、そのアイデアやキャンペーンは成立しないことも大事な判断ポイント」。
カテゴリ全体の方針としては非常に明快な定義と思います。それでは各審査段階における傾向と論点を、作品の紹介も交えながら説明します。
プレジャッジ→ロングリスト:「アイデアとデータの両立が必須」
ロングリストは、プレジャッジの各審査員の採点が自動集計されてでき上がります(ディスカッションはありません)。残った作品群から推察してみると、まずアイデアのない作品はほとんど落ちているのがわかります。単なるDMP活用、高精度なリターゲティング、オンライン・オフラインを跨いだデータ連携、VRイベント事例などは成果を出していても、ロングリストには残りませんでした。
一方で、データを全く活用していなければ、それがアイデアに満ちたクリエイティブなキャンペーンであっても、デザイン性の高いクラフト作品であってもロングリストには残っていませんでした。データ活用とクリエイティブ、それぞれが成立していることが審査の土俵に上がる最低条件のようです。
ちなみに、日本からのエントリーは元々13作品(延べ)あり、4作品がロングリストを通過しました(そのうちショートリストを通過したのが1作品、それが最終的にブロンズを受賞する「MAKE IT METAL」です)。
ロングリスト→ショートリスト→メダル:「サブカテゴリ内の適合性が重要に」
この段階では前述のアイデアとデータの両立もさらに厳しく評価されるようになるのですが、エントリーとサブカテゴリーの適合性にも焦点があたります。クリエイティブデータ部門にはA01~A10までの10のサブカテゴリがあります。カテゴリーごとのエントリー数、ロングリスト数、ショートリスト数は図表のとおりです(重複エントリー含む)。
10個もサブカテゴリがあるので少々複雑なのですが、まず、A01 Data-enhanced Creativityと、A04 Storytelling、A07 Use of Real-time Dataの3つで全体の半分のエントリー数(263作品)を占めています。A01 Data-enhanced Creativityはデータを活用して強化されたクリエイティブという最も汎用的なサブカテゴリーと言えるでしょう。A04 Data Storytellingもどのようにデータを使ってストーリーを紡ぐかという点ではわかりやすく、また応募しやすいサブカテゴリーと言えます。これ以外に、いくつか特徴のあるサブカテゴリーについて詳しく解説します。
A05 Data Visualization
Visualizationはデータとクリエイティブを結びつけやすいカテゴリーですが、手法が一巡して一般的になっている分、レベルが高くなっており、メダルを取るのが難しい印象のサブカテゴリーです。例えばランニング時の「スピード」「脈拍」の可視化や、音楽視聴時や運転時など「何かをしている時の脳波」を使ったビジュアライゼーションのケースが散見されましたが、いずれも既視感がありユニークさやフレッシュさに欠けていました。
一方で、新しいビジュアライゼーションを追求するあまり、元データとアウトプット(映像、イメージ、サウンド、香りなど)の相関性がよく理解できず、単なるアート作品になっている(なんでこのデータから、この映像が生まれるの?というような)ケースも多く見られました。サブカテゴリーのエントリー数42件に対してショートリスト11件は最多通過数で、残留率26.2%も全体平均(11.8%)の倍以上でしたが、結果的にメダルを獲得した作品はゴールドとブロンズの2作品に留まるだけとなりました。
A07 Use of Real-time Data
こちらもデータを活用しやすいカテゴリーでエントリー数も83と多かったです。ただし、リアルタイムということで、天気・気象、交通(渋滞、電車遅延、飛行機遅延など)のデータを使うケースが非常に多く、差別化できずに次に進めないものがほとんどでした。その他にもPOSデータ、視聴データ(Webサイト閲覧、Spotifyなどのストリーミング)をリアルタイムに解析してキャンペーンに活用するケースも多かったです。
リアルタイムデータ活用のレベルは全体的に上がっており、単に即時性に根差しただけのアイデアでは差別化が難しいと感じました。審査員の中には「天候データなんてもう当たり前。天候データは、もはやデータじゃない。」とまで言い切る人もいました。このサブカテゴリーで勝ち抜くには、リアルタイム性を徹底的に突き詰めるか、相当なアイデアを持っていることが必要だと思います。
A09 Creative Data Collection & Research
データ収集およびリサーチということでやや地味な印象のサブカテゴリーですが、個人的には大穴では?と、思いました。実際エントリー数31件に対してショートリスト通過8件、さらにはショートリスト8件のうち、5作品がグランプリとゴールドを含むメダルを受賞しています。ちなみに昨年のグランプリ作品「Care Counts」もこのサブカテゴリーでした。
データ収集やリサーチはその内容が明確なので、前述のVisualizationやReal-time Dataのサブカテゴリーと比較すると、サブカテゴリー適合性が問われることが少なく(それってデータ収集?それってリサーチ?という突っ込みが少ない)、割とアイデアにおける評価に審査員の意識が集中したことも原因ではないかと、個人的には考えています。もちろんメダル受賞作は、そのデータ収集の仕方に工夫やアイデアが見られる素晴らしいキャンペーンです。
それではいくつか、クリエイティブデータ部門の受賞作品をご紹介します。