僕が死んでも箕輪編集室はなくならない
箕輪:昔は「自己啓発本を読みまくってます」という人たちの集まりで。勢いはあるけど、本当に仕事を任せたら事故るよねという。それが最近は普通のプロに頼むより良くない?というレベルに上がりましたね。
中村:オンラインサロンにも2つの型があると記事で見ました。1つはリーダーシップ型で、いわゆる西野くんがやってるような西野くんを囲む会で、西野くんが辞めたらそのコミュニティはなくなるかもしれないというもの。
もう1つはコミュニティ型。箕輪さんはそっちだと思うんですけど、それがすごいなと思って。人が統治しているわけじゃなくて、箕輪さんがいなくなっても、勝手にそのコミュニティは回って続いていくという。
箕輪:そうです。僕が死んでもそんなに退会者が出ない感じなんですよ。横のつながりなので、僕は別にタレントでもないし、何でもないので、単純に千人の横の繋がりですね。僕が死んでも2代目箕輪みたいのが出て統治すると思います。
中村:それってなぜですか?すごいことですよね。
権八:どうしてそうなってるんですかね?だってまだ1年ぐらいしか経ってないでしょ?
箕輪:それは結構難しくて、意識づけというか、要は横の繋がりになるような設計をしないといけないんですよね。僕があまりコンテンツを与えすぎないというか、毎週僕がコラムを書いて、読むのがメンバーの喜びになると、飽きるし、「コラムのレベル下がってない?」と、お客さんと提供者の関係になっちゃうんですよ。
ホリエモンや見城さんをゲストに呼んでイベントをやるというのも、それが目的になると、提供者とお客さんになっちゃって。そうなると、もう飽きたよねと、どんどん辞めていっちゃう。うちのサロンは「死ぬこと以外はかすり傷」というキャッチコピーで。
権八:面白い(笑)。
箕輪:僕がそのあくまで象徴で。ツイッターで炎上したり、やってる仕事自体が出版界に対して喧嘩売って煽って怒られたり。キャッチコピーの体現者として一番わかりやすい僕がいて、要は概念みたいなものですよね。
中村:概念(笑)。
箕輪:待ち合わせ場所みたいなもので、僕のようなノリの人が集まるんです。そうすると、デザインチーム、ライターチーム、イベントチームがノリの合う人が集まって、いろいろなものを企画するという感じになっていて。
ただ唯一僕にしかできないのはネタを投下することですね。ホリエモンが僕に「絵本つくって」と言ったら、「じゃあみんなで絵本つくろう」見城さんや秋元さん、西野さんが参加した千人ぐらいのイベントも「箕輪編集室でやって」と、みんなに投げたり。
そのネタをもってくるのは現状僕しかできないから、そこは1個強いんですけど。僕という人間に会いたいじゃなくて、箕輪っぽい同じノリで集まってる集団のような、本当に待ち合わせ場所的な感じですね。
権八:みんなのモチベーションは自分が関わったものをヒットさせたいということ?
箕輪:そうですね。評論家の宇野常寛さんがわかりやすいことを言ってました。今ここにいる人は全員そうだと思うんですけど、自分の仕事にやりがいがあって、世の中にインパクトを与えるのが当たり前というか、そういう仕事なので麻痺してるけど、宇野さんは「それは特殊なことで、やりがいをもてるのは今の現代において高尚な一番の欲求になっている」と。
権八:なるほど。
箕輪:「世界の輪郭に手を触れる」ということを言っていて。編集者や広告人は傲慢かもしれないけど、自分がやったことで世の中がちょっと動いたりして。あの感覚にちょっとでも触れるって、衣食住よりも需要があると。
オンラインサロンが求められているのはたぶんそこじゃないかと。箕輪のサロンに入ることで、ホリエモンと一緒にプロジェクトやって、ニュースになることができたり。昔だったら特殊な仕事についた人しか味わえなかった感覚を味わえるのが、オンラインサロンのやりがいになってる気がしますね。