「IoT編」は、前々回のコラムをご覧ください。
「ビッグデータ編」は、前回のコラムをご覧ください。
1回目コラム:事業構造はカタチを変える-① トヨタが示した新ビジョン、モノづくりからサービスブランドへ
2回目コラム:物流と都市の概念を拡張する、トヨタの新ビジョン 事業構造はカタチを変える-②
3回目コラム:アマゾン、Uberとの協業で実現するトヨタの新構想 事業構造はカタチを変える-③
4回目コラム:自動車のワイパーが動いたデータから、雨降りを知る 〜IoTによる産業構造の変化〜
5回目コラム:ビッグデータを経営資源にした新たな経済圏 〜ビッグデータによる産業構造の変化〜
AIは今、先進テクノロジーの分野で最もホットな話題ですが、その話題は、人工知能が発達し人間の知性を超えたときの、AIと人間を比較する内容が中心です。しかしこのコラムでは、AIがどこまで発達するかという話ではなく、ビッグデータの把握、解析を行い、生活者個々の特性を学び、予測し、よりパーソナライズされた最適なサービスを提供する為のテクノロジーとしてのAIを捉えていきたいと思います。
現時点でAIは共通認識としてどの様に捉えられているか、どの程度まで世の中に実装されているのか、総務省情報通信白書平成28年版の記載内容を見てみたいと思います。
人口知能(AI)は、大まかには『知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術』と説明されているものの、その定義は研究者によって異なっている状況にある。その背景として、まず「そもそも『知性』や『知能』自体の定義がない」ことから、人工的な知能を定義することもまた困難である事情が指摘される。
例えば、人口知能(AI)を「人間のように考えるコンピューター」と捉えるのであれば、そのような人口知能(AI)は未だ実現していない。
<中略>また、人口知能(AI)とは「考える」という目に見えない活動を対象とする研究分野であって、人口知能(AI)がロボットなどの特定の形態に搭載されている必要はない。
このような事情をふまえ、本書では人口知能(AI)について特定の定義を置かず、人口知能(AI)を『知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術』と一般的に説明するにとどめる。
と記載されています。世間一般ではAIのイメージは、人間のような思考と感情を持ったロボットとしてイメージされがちですが、実際はまだ定義自体明確ではありません。故に、企業活動において人間では管理しきれない膨大なデータを識別し、データによる予測を行い、目指す活動を適切に実行することができる、様々な領域に特化したコンピューター・プログラムと捉えておく方がマーケティングにおけるAIの共通認識として誤解が少なそうです。
AIを利用した具体的な事例はまだまだ乏しいのが現状です。しかし、レベルの差はあるにせよ様々な企業がAIのベータ版ともいうべきサービスのリリースを始めています。なかでも今後マーケティング業界において購買行動の起点になりえるツールとして顧客の生活に入り込みはじめたのは、AIを搭載したスマートスピーカーです。
スマートスピーカーの利用者は、スピーカーを通じてネットに繋がった家電等に指示を出したり、音楽を再生したり、買い物をすることができます。これらのスピーカーは、スマホにアプリをインストールする様に、様々な企業が制作・提供する「スキル」と呼ばれるアプリをインストールすることで機能を拡張し、多様なサービスを提供しています。
例えば、交通案内をサービスとする企業が制作した「スキル」をスマートスピーカーにインストールすると、スマートスピーカーに話しかけることで路線案内をしてくれます。この様なスマートスピーカーは形こそスピーカーですが、「家庭用音声AIアシスタント」と呼ばれ、人の言語から指示内容を認識、識別し、最も適した回答を予測し、行動を実行するという機能を持っています。
つまり、スピーカーは利用者の日常生活に入り込んだセンサーと言えます。センサーからは様々なデータがビッグデータに蓄積されていきます。センサーが自動車であれば、ドライバーの運転特性、交通状況、道路状況、気象情報等を吸い上げることができます。センサーがスマートスピーカーなら、利用者がスピーカーに指示した内容、つまりユーザーの生活パターンから趣味嗜好、購買履歴等が吸い上げられます。
また、吸い上げたデータをもとにして、端末(インターネットに接続された自動車やスマートスピーカー等)に適切な行動をフィードバックし、動かすことで、AIはユーザーと高度な双方向コミュニケーションを実現しています。故にAIにとっては識別、予測、行動の精度を高める為にデータの質と量を確保していくことが重要であり、それらを吸い上げるセンサー(インターネットに接続された自動車やスマートスピーカー等)の量と多様性も重要になります。
現時点におけるAIの実体を把握するためにスマートスピーカーの例をあげましたが、例えば小さな例として企業のWEB上で顧客の質問に対応する為にAIによるチャットを展開している場合でも考え方は同じです。データに蓄積された顧客の質問のパターンを識別し、正しい回答を予測し、実行するというAIの役割は変わりません。
AIが使用できるデータがより個人に紐づいたデータであれば、個人に最適化されたサービスをAIが提供し、個人は提供されるサービスの精度が高まる程、AIに対する信頼を増し、AIの提案を受け入れる消費行動へと移っていきます。その際、企業のマーケティング戦略は、どうすればAIがリコメンドしてくれる商品になれるか、という課題を抱えるかもしれません。
<コラム4〜6のまとめ>
コラム4〜6回では、オートメーション時代における産業構造の変化に関して触れてきました。IoTによりセンサー化した端末が様々なデータを吸い上げる事でビッグデータを形成し、それをAIが識別し、正しい答えを予測し、正確に行動し、さらに顧客の利用パターンを学習していくことでよりサービスの精度が向上していきます。
この自動化の流れにより、これまで自動車や電気製品を、製品単体として機能を高めることで産業を支配していた日本のメーカーが、ビッグデータとAIで製造業を支配する為に新たに出現するデジタル・プラットフォーマーに対して高精度な端末(自動車や電気製品)を販売するサプライヤーへと変わっていく姿が予測できます。
この産業構造の巨大な変化、市場を支配する立場にあるプレーヤーの交代劇こそ、今おきていることが第四次産業革命と言われる所以です。巨大なマーケットに対し、巨大な工場、巨大な流通ネットワークを確保することでシェアを広げていった製造の時代から、巨大なデータと個別かつ適切なサービスをリアルタイムに提供することで新たな経済圏を生んでいくオートメーションの時代へと変わってきています。
データの量と質が企業競争において重要な時代に、どの様な企業群がどの様なデータを保有することで巨大な経済圏を描けるかという競争に入っています。トヨタ自動車がAmazonと提携するという発表も、その時代の到来を予感させる一つの事実です。
室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士
新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。
<コラムが書籍になりました>
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オートメーション化、シェアリング・エコノミー、O2O・・・要は何が起きているのか? 大きな変化を俯瞰し、判断の基準を持つことで戦略を正しい方向へと進めていきたいすべての人のための必読書です。