グランプリ、そしてクリエイティブデータ部門の未来
クリエイティブデータ部門の審査レポートも今回が最終回です。前回からの続きで、ゴールド、グランプリ作品を紹介するほか、総括として、クリエイティブデータの意義、その未来について考えてみたいと思います。
■DESTINATION PRIDE(GOLD)
A05 Data Visualization
各国のLGBTQ+に関する法制度や権利の整備状況、ソーシャルメディア上の発言などに関して、運動の象徴であるレインボーフラグを横棒グラフに見立て、ダイナミックに表現したキャンペーン。世界約150カ国が対象で、国によっては都市レベルまでグラフ化できている(日本では渋谷区と京都市なども含む)。「可視化できないものは、変革できない(We can’t change what we can’t see.)」という理念のもと、異なる国や地域においても同じ指標を分かりやすい表現(グラフ)で適用・比較することにより変革を促しています。
■PROJECT REVOICE(GOLD)
A06 Data-technology
独自のディープラーニングアルゴリズムを使用して、オーディオデータを分析し、人の声の完全なデジタルクローンを作成する取り組みです。テキスト音読装置と統合することで、「自分の声」で自由かつ自然に話すことができるテクノロジーを開発。アイスバケツチャレンジの共同創設者でALS患者のPat Quinn氏の過去のインタビューやスピーチのデータを解析し、もはや話すことができなくなっていた彼の声を取り戻す(Revoice)ことに成功しました。
■KNOW WHAT YOUR DATA KNOWS(GOLD)
A07 Use of Real-time Data
NCAA(全米大学体育協会)の過去数十年分の蓄積データとGoogle Cloudのテクノロジー、ならびにディープラーニングとAIを活用して、2018年の大学バスケットボールの試合中に、試合の経過を6回に渡りライブで予測する取り組み。予測した結果はすぐにテレビCMで放映されました。6つの予測全てが的中するなど完成度が高く、企業のエグゼクティブに対してGoogle Cloudを活用すれば自社の未来を予測できることを訴求しました。
■GENE PROJECT CASE STUDY(GOLD)
A09 Creative Data Collection & Research
イギリスの大衆食品マーマイトはその癖のある味から、好みが分かれる調味料。最近では若い人や子どもに敬遠されるようになり消費量が落ちています。「GENE PROJECT CASE STUDY」は、Love or hate(好きか、嫌いか)が実はその人のDNAに依存している(部分もある)と科学的に解明した上で、生活者に対してDNAデータ採取による判別キットを提供したキャンペーン。どうしてこの味が好きなのか(or 嫌いなのか)。生活者のもやっとしていた感情を揺り動かし、売上の回復にも大きく貢献したケースです。
■JFKUNSILENCED(GRAND PRIX)
A09 Creative Data Collection & Research
ジョン・F・ケネディ元大統領が過去に行った831件のスピーチやインタビューから11万6000件の音声ユニットデータを抽出し、1963年に暗殺された当日に行うはずだったスピーチを、これらデータを基に彼自身の音声で再現したもの。この音声再生技術はALS患者への適用がはじまっています。
グランプリにおいては、アイデアやクリエイティブが優れているかだけでなく、その作品が投げかけるメッセージが、広告・マーケティング業界に対する新しい提案・提言となっているかを評価されます。JFKUNSILENCEDは下記の点において、他の作品よりも業界を「インスパイア」しているということでグランプリに決定しました。
1.音声再生技術の進化
粗雑な録音データからの音声データ抽出やバックノイズのクレンジングなどを経て、自然でスムーズな音声再生技術を確立しています。
2.社会に貢献できる実用性
JFKUNSILENCEDは広告ですが、ここで使われているテクノロジーはALS患者へ適用されるなど実用段階に入っています。歴史上の人物をデジタルテクノロジーの力で復活させるという点では、2016年のグランプリ受賞作であるThe Next Rembrandtに近いものがあるかもしれません。しかし、JFKUNSILENCEDにおけるデータ×テクノロジーの組み合わせは、実社会に貢献できるレベルにまで到達しているという点が大きな違いだと思います。
3.Ethical Questions (倫理的な問題)
技術の進化により「失われた声」の再生が可能となりました。ケネディ元大統領は世界的に著名な人物だったため、特段の違和感がなかったかもしれません。しかしこれが他界した自分の肉親の場合だったらどうでしょう。嬉しいと思う人もいれば、気味悪いと感じる人もいるのではないでしょうか(審査員の中でも意見が分かれました)。歴史的に望ましくない人物、例えば悪名高い独裁者などのスピーチも再現することもできるわけです。
技術的には何でも可能となった一方で、どのように線引きするべきか。この作品はこういった倫理的な問題も投げかけてくれています。
こういった点が評価され、JFKUNSILENCEDが他のゴールド作品をおさえてグランプリに選出されました。余談ですが、本作品はアクセンチュア インタラクティブ傘下のクリエイティブエージェンシーRothcoの作品です。審査員は自分の会社、グループの会社の審査には関われません。そのため本作品についての議論・投票中は、審査員室の外で待たないといけません。
つまり私は最も重要で、最も楽しみにしていたグランプリ作品の審議にほとんど関われていないのですね。自社グループの作品がグランプリを受賞したのはとても光栄ですが、個人的にはグランプリ作品の審議に思いっきり関わりたかった・・・。これが審査期間中の心残りです。