1回目コラム:事業構造はカタチを変える-① トヨタが示した新ビジョン、モノづくりからサービスブランドへ
2回目コラム:物流と都市の概念を拡張する、トヨタの新ビジョン 事業構造はカタチを変える-②
3回目コラム:アマゾン、Uberとの協業で実現するトヨタの新構想 事業構造はカタチを変える-③
4回目コラム:自動車のワイパーが動いたデータから、雨降りを知る 〜IoTによる産業構造の変化〜
5回目コラム:ビッグデータを経営資源にした新たな経済圏 〜ビッグデータによる産業構造の変化〜
6回目コラム:スマートスピーカーにみる、AIと消費行動 〜AIによる産業構造の変化〜
コラム4〜6回でみてきたように、企業は今、テクノロジーの進化により起きている巨大な変革に対応していく行動を起こさなければなりません。一方で、足元では生活者の購買体験が急速に変化しており、その対応は喫緊の課題になっています。生活者の購買体験は、より便利で、より簡単であることが求められ、チャネルをシームレスに連携したストレスのない購買体験をデザインすることが求められています。
今、購買の現場では、リアル店舗を軸とする企業のデジタル化はもちろん、Eコマースを軸とする企業のリアル領域への進出が進んでいます。Eコマースを軸とする企業は、商品の購買プロセスにおいて、商品を生活者に如何にリアルに体験させるか、という課題を抱えており、その対応策として、商品を購買前に生活者に送り体験の機会を提供したり、商品体験を目的としたリアルな場を購買チャネルに加えたりしています。
ここで、リアル店舗を軸とする企業と、Eコマースを軸とする企業双方にとって、リアル体験の場(店舗やショールーム)を持つことに対する価値観の違いをみていきたいと思います。リアル店舗を軸とする企業にとって、店舗はこれまで商品をお客様に販売する為の最も強力なチャネルでした。店舗での売り上げを伸ばすには、「来店者数」と「成約率」をいかに増やすかが鍵となります。
この二つの数字から何人が購買に至ったか「店舗購買者数」が決まり、それに客単価を掛ければ店舗の売り上げが決まります。客単価を上げていくためには商品やサービスの改革が必要なので、今ある商品で売り上げを伸ばすには、如何に「来店者数」を増やすか、または如何に「成約率」を上げるかということが主に議論されます。
来店者数を上げるためには、ターゲットが多く通行する場所に出店していくことが基本になります。日用品を売るお店であれば、駅を中心とした商圏を設定し、ターゲットの日常動線に入り込もうとします。また、アパレルやライフスタイル企業であれば、ターゲットが集まる都心のファッションエリアに出店していきます。出店のエリアが決まると次に、来街者が入りやすい店舗のあり方を考えます。
もちろん、ターゲットが多く歩く道路に面して大きな間口を取れる物件(路面店)を確保できるに越したことはありません。しかし路面店は同じ建物でも二階以上にある物件と比較して格段に賃料が高くなります。企業は、路面店出店によるコスト増に対して、来店客数の増、屋外広告効果の増等の要素とのトレードオフを慎重に判断しなければなりません。
続いて成約率です。ここは主に店舗内で来店者にどの様にアプローチするかが大切になってきます。Eコマースを軸とする企業であれば、無人店舗にして入り易く、セルフでも商品体験ができる店づくりを目指すかもしれませんが、リアル店舗を軸とする企業にとって成約率の向上とは、スタッフの販売スキルの向上という考え方になります。販売スキルが高いスタッフは当然人件費も高くなります。つまりリアル店舗を軸とする企業にとって、売り上げを上げる為には、人が集まり入りやすい場所への出店と、スキルの高いスタッフの確保という、コスト高の方向へ向かう事がわかります。
一方でEコマースを軸とする企業にとっての店舗は、この様にハイスペックになっていくことはありません。Eコマースを軸とする企業にとっての来店者数とは、Eコマースへの訪問者数となり、サイト内での購買体験がリアル店舗での購買体験と同等であれば、わざわざリアルな体験の場に進出していく必要はありません。しかしEコマースにおいて商品の実物を確認することは不可能で、購買体験の一連の流れにおいて実物の確認が重要な業界ほど、リアル体験を如何に提供するかという課題を抱え、その対応の一つとして店舗やショールームを持つという流れが起きています。
ところがEコマースを軸とする企業にとってリアル店舗とは、少しでも多くの潜在顧客が集まる場所に出店して、スキルが高い販売スタッフにより成約率を上げていくということではなく、Eコマースで商品を検討している顧客に、「商品をリアルに体験できる機会を提供する機能」という位置付けになります。もともとEコマースで購入しようと考えている人に対して、高いホスピタリティのスタッフを配置していく必要はありません。極論すると顧客は商品を実際に確認したいだけなので無人店舗でも十分に機能は果たせます。
また、顧客はEコマースで商品を絞りこみ、実物を確認する為に店舗に向かうということは、目的を持って店舗に来店することになります。つまり、目的を持って来店する顧客に向けた店舗の出店は、人通りの多い路面店である必要はなく、メインストリートから外れた道にある建物の2階でも成立します。この様に、リアル店舗を軸とする企業とEコマースを軸とする企業では、一方がメインストリートに面した路面店とスキルの高いスタッフを求め、一方がメインストリートから外れた道にある建物の2階と無人店舗でのオペレーションでも事足りるという全く異なるアプローチになり、コストも大きく異なることがわかります。
これらは単に場所や人が違うという話ではなく、同一チャネルにも関わらず購買体験フローにおける役割が異なるということです。故に、オムニチャネルにおける各社のチャネル戦略を分析する時に、チャネルが何かではなく、どの様な購買体験をデザインしているか、というデザイン文脈を分析しなければ本質は見えてきません。
そして今、商品のリアル体験に極力コストをかけずにEコマースで如何に商品を売っていくかを考えている企業が、リアル店舗を軸とする企業の売り上げを奪っているという事実があります。故にリアル店舗を軸とする企業は、オムニチャネル化というスペックへの対応だけではなく、Eコマースを軸とする企業には真似できない顧客に選ばれる為の購買体験をどの様にデザインし、その体験を実現する為にチャネルをどの様につなげていくかというクリエイティブな発想で事業をリデザインしなければなりません。
次回は、この様な購買体験デザインをクリエイティブなアプローチで実現している企業の実例をみていきたいと思います。
室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士
新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。
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