計算できる何かより、ふつうの感覚や気持ちを大事にデザインする — 10 柿木原政広

【前回のコラム】「現代のデザイナーは、小さなカテゴリーに収まってはいけない — カナリア徳田祐司」はこちら

これまで2000名以上が学んできた、宣伝会議のアートディレクター養成講座(以下 ARTS)。本コラムではその講師陣や実績を上げた修了生に、アートディレクターとしてブレイクスルーした瞬間や仕事上のターニングポイント、部下・後輩の指導法などから1つの質問を問いかけていきます。今回は10 代表/アートディレクターでARTSの講師を務める柿木原政広さんです。

Q.柿木原さんが日々、自分のレベルを引き上げるために、実行し続けていることは何ですか?

回答者:柿木原政広(10 代表/アートディレクター)

この内容で原稿の依頼をいただいてから、うーん、と1週間以上考えていました。いったい僕は何を期待されて、この原稿を頼まれたんだろう?どうして、違和感があるんだろう?他のお題に変えてもらった方がよいかも、とも思ったのですが、それよりも、この腑に落ちない感じも含めて書いた方がいいような気がして、書くことにしました。
 
きっと僕は、「レベル」という言葉があまり好きではないです。まず、自分や他人の能力や魅力が、数字に表せるものに感じられてしまうところ。そして「自分のレベルを上げる」というと、どうしても「レベルにあった相応の見返りを求める」ことにつながってしまうように思うからです。
 
レベルアップして、より大きい仕事をする。レベルアップして、よりお金になる仕事をする。レベルアップして、もっとぜいたくな暮らしをする。効率や収支など計算できる何かを考えるときに、自分の技術だとか人脈だとか学歴だとかをレベルという数字にするのは、わかりやすいことかもしれません。でも、僕は仕事をはじめたときから、数字で表せる領域で自分は勝負できないな~と思ってきたし、最近はそこで勝負なんかしちゃダメだ、とすら思うのです。
 
僕はデザイナーです。デザイナーはデザインを通じて、人と人との気持ちをつなげたり、いい気持ち、新しい気持ちになってもらうことを目指すのが仕事だと思っています。自分が「レベルアップ」して他の人より高い位置に立って、いろんなことを見下ろすようになってしまうのは、きっとおそろしいことです。僕はふつうの人の気持ちや感覚を持っていることを大事にしたいし、ずっとその場所で生活して、感じて、デザインしたい。
 
そのためには、すぐにお金になりそうなこと、結果を出せそうなことに飛びつかない慎み深さというか、慎重さが大切になります。目の前にいる人の気持ちを考えながら、すぐ数字になることではなくて、将来いっしょに心から気持ちいい時間を過ごせるような仕事を考える。そして、気持ちに点数はつけられません。
 
努力を続けるのは自分のレベルを上げるためではなくて、もっといい関係をつくるため、より深く見たり感じたりできるようになるため、のような気がします。アップじゃなくて、ダウンというか。深さ、奥行き、みたいなことでしょうか。いま、そんなことを言っているのは悠長かもしれないのですが、できる限り、そんなふうに仕事を続けていきたいなと思っています。

柿木原政広

1970年広島県生まれ。ドラフトを経て2007年に株式会社10(テン)を設立。JAGDA会員。東京ADC会員。主な仕事にsingingAEON、まいにちAEON CARD、R.O.Uのブランディング、東京国際映画祭、静岡市美術館、松竹芸能、信毎メディアガーデンのCI、美術館のポスターを多く手がける。カードゲーム「Rocca」をミラノサローネに2012年から出展。著作に福音館の絵本「ぽんちんぱん」「ひともじえほん」など。2003年日本グラフィックデザイナーズ協会新人賞受賞。NewYork ADC賞、ONESHOW PENCIL賞、東京ADC賞、GOOD DESIGN賞受賞。

 

アートディレクター養成講座(ARTS)

今、クライアントや世の中から求められる仕事を実現しているトップクラスのアートディレクター陣が、「課題解決のためのソリューションを考え抜く力」「精度の高い判断をする力」「企画意図を自分の言葉で伝える力」というデザイナーが今、必要としている3つの力を鍛え上げる講座です。

<次回の開講のご案内>
講義日程:2018年8月7日(火)から全30回
講義会場:東京・南青山 受講定員:90名
詳細URL:https://www.sendenkaigi.com/class/detail/art_director.php

宣伝会議 アートディレクター養成講座事務局
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