【前回コラム】「日本のメイカーズ文化を京都から広げる、若きベンチャー企業」はこちら
関西でかたちラボという屋号でコピーライターをしている田中です。現在、地方創生の一環として全国各地で様々なプロジェクトが立ち上がったり、地域ブランディングが行われたりしています。たくさんのクリエイターが関わり、年々加熱しているのが現状です。生まれ育ち、活動拠点が違う外部クリエイターが第三者目線で必要なことや地域の価値というのは当事者ではないからこそ見えてくるものもあるでしょう。もちろん、それも可能性の1つ。しかし、持続性を考えると内部の当事者たちが旗を振って試行錯誤していく方が、経験も含め積み上がるはずです。
今回は自分の立ち位置を活かし、距離感やバランスを保ちながら地元と向き合っていくことを実践する方のお話です。
ヘソノオプロジェクト・大森康弘さんの場合
「関西で戦う。クリエイターの流儀」第12回目に登場していただく大森さんは電通本社(東京)で働きながら、大森さんの地元・兵庫県西脇市で「ヘソノオ」というコンセプトを旗印にし、まちのブランディングを行っています。その「ヘソノオプロジェクト」の話を中心に、これからの地域プロジェクトの関わり方、そしてご自身の経験も踏まえた働き方について伺いました。
大森康弘
大学卒業後、電通に入社。広告賞受賞等、キャリアを順調に積み上げている中、2016年に会社の仕事として、故郷・兵庫県西脇市のシティプロモーションの入札に参加したことをきっかけに 、西脇市と関わることに。プロジェクトを進行する中で、大森さんが旗振り人として西脇市出身のクリエイターを集めた「ヘソノオ・クリエイティブ室」の立ち上げなど、本業をこなしつつ情熱とパワーを「ヘソノオプロジェクト」に注いでいます。
東京と地元・兵庫県西脇市で戦う。市民主導のヘソノオプロジェクト。
田中の仕事仲間である映像プロデューサー・永井芳憲さん(シンクロトロン・スタジオ)から、自分の地元である西脇市を盛り上げている面白い人がいると話を聞いたのが1年くらい前。永井さんも西脇市出身で「ヘソノオ・クリエイティブ室」に参加し、ちょうど第二弾となる映像を撮影していました。大森さんが取り組んでいることでユニークだったのは、行政主導の取り組みではなく、必要なお金は自己資金と地元スポンサー出資による民間主導の取り組みであること。パワフルに、しかし浮足立たずにプロジェクトを進める大森さんに「ヘソノオプロジェクト」ついてお聞きしました。
—ヘソノオプロジェクトってどのようにスタートしたのですか?
大森:電通の同僚・石原知一くんと日下慶太くんから「大森て、西脇出身ちゃうかったけ?なんか西脇のコンペがあるみたいや」って教えてくれたのがきっかけで。時間は数日しかなかったのですが、プレゼンに参加しようと思いました。提案の軸としては、「どれだけ市民力を高められるか」。まちづくりの前に必要なことは「ひとづくり」であって、ひとづくりの前に必要なことは、市民一人ひとりが尊重し合いつながれる「フレーム」です!って提案しました。
—アイデアや企画性ではなく、市民を巻き込んでみんなで考えよう、実行しようというフレームですかね。ヘソノオという言葉はどこから来たのですか?
大森:西脇って40年以上「日本のへそ」って言われ続けてるんです。でも、若い子にとっては、へそなんてダサいのクサいの汚いの、って散々な言われよう。でも、西脇市内で唯一浸透しているのが、「へそ」だったんですよね。浸透率は100%です。ならば、もうへそと向き合うしかないな、と思って。
そこから「へそ」について調べまくりました。その中で「へそ」は万葉仮名が由来で、船の舳先(へさき)の「へ」と祖先の「そ」を結びつけた言葉である説を見つけたんですね。つまり、舳先の「へ」は自分であり、祖先の「そ」とつながっているのが「へその緒」だったと。自分のへそからへその緒をつたっていくと、おかあさん、おばあちゃん、ひいおばあちゃん・・・人類の誕生、生命の誕生、って。
最後にみんなひとつにつながれるやん、って。西脇を離れて23年間、何も地元に恩返しできていなくて。帰れても年に1回くらい。でも帰ると必ずパワーをもらえて、本来の自分を取り戻せるというか。それを考えると、西脇の「へそ」の意味は、切っても切れない「へその緒」だったんだなと。たった二文字足しただけなんですけど、次の文脈を読み解いた!と。「ヘソノオ」という言葉をコンセプトこそ、市民をつなげる「フレーム」になるな、と思いました。
—なるほど。「ヘソノオ」をコンセプトにプランニングして、PV制作などを行っていったのですね。
大森:地方創生ムービーみたいなのが乱立していて、正直吐きそうになっていました。とにかく、制作費ありき映像だけつくるような仕事の進め方はしたくありませんでした。お金を極力使わずに、市民をどうやったら巻き込めるのか。コンセプトは決まった。じゃあ、何を手段として伝えたらいいのか。世の中と歴史を見渡すと、その手段として太古からあったのが、「歌」だったのですね。歌こそが、もっともお金のかからない、誰でも楽しめる娯楽だったのです。じゃあ、ヘソノオのコンセプトを歌で浸透させていこう、と。
せっかくだからと、西脇出身のミュージシャンを探していたのですが、京都で花屋をしていた、シンガーソングライターのAOIさんを知って、「ヘソノオノウタ」という歌をいっしょに作りました。AOIさんは、このプロジェクトがきっかけで、なんと京都から西脇にUターンしたのです。今では、西脇の歌姫として市民に愛されています。ちなみに「ヘソノオノウタ」はカラオケにも日本語版、そして英語版ともに入っていますよ。カラオケでヘソノオノウタを歌えば、西脇出身者はどこにいても故郷とつながれます。
—PVを拝見したのですが、「もう一度戻ってくる場所だよって」いうのが伝わる歌になっていますよね。
大森:この歌を作ったことが大きくて、これをきっかけに西脇出身でありながら、西脇市外で活動している方々に共鳴してもらえて、次の段階に移ることができました。それが西脇出身のクリエイターを集めた「ヘソノオ・クリエイティブ室」です。
—メンバーはどのような皆さんに構成されているのでしょうか?
大森:僕以外は、企画・映像制作として永井さん、足立健太郎さん(吉本宝文堂)、シンガーソングライターのAOIさん、地元で兼業農家を営む編集ライターの越川誠司さん、Webデザイナーの森川元良さんです。その前身としては、「わたしがかえる大会議」という市内で活躍する色々な業種の皆さんと、市役所の皆さんも交えて本音で西脇の未来を語り合ったメンバーがいました。
それはそれは大喧嘩するぐらい白熱した会議だったのですが、それがなければ「ヘソノオ」という発想も絶対に生まれませんでした。クリエイターという範疇では「ヘソノオ・クリエイティブ室」がメインですが、ヘソノオコンセプトに共感してくださっている市民全員がクリエイティブ室の一員だと思っています。
その活動が功を奏し、2017年7月の神戸新聞で取り上げられて以降、注目されるようになりました。2018年の3月には「サンテレビ」で「ヘソノオ」という30分の特番を流しました。市民視聴率は限りなく100%に近かったのではないでしょうか。何せ、その時間帯、市内で人が歩いてなかったそうですからね。地上波は莫大なお金がいるので、足りない分は自分たちで地元企業を回ってスポンサーを探しましたね。協賛いただいた十数社、すべて西脇エリアの企業で、そのほとんどが、地上波初体験です。
—番組を作って放映したんですよね!すごいパワー!「ヘソノオプロジェクト」は自走している部分もあるのでとてもユニークだと思いました。歌やさまざまな取り組みを通して、市民の方々が参加している感じもありますし。そもそも「ヘソノオプロジェクト」ってゴールはあるんですか?
大森:ブランディングとかプロモーションとか言われますが、究極を言うと、「ヘソノオ経済圏」を作りたいんですね。最終的には。プロジェクトのロゴであるヘソノオマーク、これにはいろいろな意味が含まれていますが、真ん中をくり抜いたコインっぽさは、地域通貨のデザインからの発想です。
ヘソノオコインっていう地域通貨発行という未来妄想から逆算して活動をはじめたといってもいいぐらいです。お金を外から持ってこようとすると、それ以上にお金は外に出ていく。しかし、少ないお金でもそれを地域内で循環させればさせるほど地域全体でお金が増えていくはずです。これは経済の大原則。すでに動き始めているのが、地方銀行と仕掛ける「ヘソノオ・ファンディング」。これはコンセプトに沿ったビジネスやプロジェクトには出資していくというものです。
「ヘソノオ」に共感した人々が増え、西脇で産業が生まれ雇用が生まれ、経済活性化していく後押しをしていきたいと思います。将来的には、地域通貨を発行し、地域通貨を使ったベーシックインカムの制度を導入したいですね。とにかく地域の経済は地域で回す。これを「ヘソノオプロジェクト」のゴールとしたいです。広告マンが本来発揮すべきクリエイティブは、官民問わず、経済、経営の仕組みづくりなのでは?と思います。
経済格差、環境破壊、紛争・・・資本主義のひずみが出てきている昨今だからこそ、そのことにもっとしっかり取り組みたいですね。
—外にいる西脇のクリエイターをはじめ、多くの西脇市民を“地産地消”していく感覚で、みんなが自分ごととして関わっていくのが面白いプロジェクトですよね。