『罪の声』でセミプロからプロに
僕の小説は“社会派小説(リアルフィクション)” と呼ばれていますが、作品を書く際に大切にしているのは、ストーリーやキャラクターではなく「テーマ」からイメージを膨らませることです。ひとつのテーマについて深く考えることで浮かび上がってくる疑問や真実があります。例えば『罪の声』のテーマは1984~85年に発生したグリコ・森永事件ですが、21歳のときに大学の食堂で事件の関連本を読んでいた際、犯行に自分と同世代の子どもが利用されたことを知り、「同じ関西ならどこかですれ違っているかもしれない」と考えたんです。
子どもを犯罪に巻き込むなんて考えられないですよね。事件発生当時からグリ森の関連報道は犯人グループと警察の攻防に焦点を当てたものばかりで、「子ども」に注目するものはありませんでした。でも、「この事件の最大の罪とは何か」と考えたときに、次世代を担う子どもの人生に影響を与えてしまったことは大きな罪ではないかと考えました。
実は新人賞受賞後すぐ、編集者に『罪の声』のアイデアを伝えたのですが、「面白いけれど、今の筆力じゃ書けない」と言われたので数年あたためていたんです。そのため、いざ執筆するとなったときには企画に対する思い入れも強く、これは自分の節目の作品になると思いました。
『盤上のアルファ』のときが素人からセミプロへのひとつの節目でしたが、今回はそこから正真正銘の「プロ」になるチャンスだと。少ない取材費で3日間の英国弾丸取材をするなど苦労した面もありましたが、全身全霊で挑んだ結果、2016年に第7回山田風太郎賞を受賞することができました。
受賞を支えてくれたのは、担当編集者の戸井武史さん(講談社第五事業局文芸第二出版部 副部長)です。編集者の仕事はマエストロと似ていて、原稿をどう解釈するかは十人十色だと思いますが、僕は戸井さんとともにつくることができて光栄でした。
戸井さんとは、作品の主題やキャッチフレーズといった核になる部分から、「我々は今どういう時代に生きているのか」「そんな時代の中、どの層に響く作品なのか」などといったプロモーション寄りのことまで話し合いました。小説を書いても2週間で棚から消えてしまうようであれば、自分が社会に訴えかけたいことを多くの人に届けることができません。
そこで、「読者の手元に届くまで」を想像することを大切にしています。もちろん、初めの企画段階ではフラットに「自分が書きたい企画」を考えていますが、創作の過程で編集者と一緒に「こういう風な人に読んでもらえたらいいな」という方向付けはします。
また、僕の小説では読者にも読書体験を通じて「テーマ」について深く考えてもらいたいと思っています。『罪の声』の読者の反響には「虚実が分からなかった」という意見が多かったのですが、これこそがポイントなんです。小説家は物語を紡ぐことでひとつの「道」をつくり、読者は「本当かな、嘘かな」と思考しながらその道を歩くことで、テーマについて思考してもらうのです。客観報道のように上からではなく、人間の目線で書くからこそ伝わるものがあると思っています。特に最近はリアリティを意識しているので、小説を通して社会現象の分析や現状の提示、未来予想ができればと考えています。
やっと「社会派小説」の意味が分かった
11作目にして初めての短編集となる『歪んだ波紋』では、「誤報」をテーマにしました。きっかけとなったのは2016年に大手紙がこぞって誤報を飛ばした「日本人男性がゲームで世界一になった」というニュースです。
この男性はFacebookで偽装工作を行い、記者会見まで開いたので、「僕が担当記者だったとしても騙されるな」と怖さを覚えたんです。報道の後、一般市民がSNSなどを駆使して調べた結果、真実が解明されましたよね。今の時代は市民が五番目の権力を持っているのだと実感した出来事でした。
近年、こういった「炎上」事案や「フェイクニュース」はますます増えています。僕は、情報が錯綜する社会に溜まったモヤモヤを言語化できないかと考えたのです。誤報を紐解いた結果、人間の弱さを描くことにつながりました。それは今の時代に必要な作業でしたし、描けてよかったなと思っています。本作を通じて、やっと“社会派小説” の意味が分かった感じがしています。
『編集会議』2018年夏号もくじ