観客自身が作品に入り込み「体験」する、イマーシブシアターを日本で初上演
飯塚:最後に、今DAZZLEがおそらく日本で唯一取り組んでいるであろう、「イマーシブシアター」についてお話ししたいと思います。
イマーシブは「没入」という意味ですが、簡単に言うと舞台がステージではなく建物や広大な空間で、そこを演者が移動しながらパフォーマンスを行い、観客も移動しながら見ていくという作品形式です。このことにより作品を「鑑賞する」というよりも作品の中に入りこみ「体験する」ということになります。
元々ロンドンからスタートしたものですが、ニューヨークで「Sleep no more」という廃ホテルを一棟すべて使った作品が大ヒットし、それを受け多くの作品が生まれています。
エンターテイメント業界ではここ数年最も注目されているジャンルでありながら、実現の難しさから日本では昨年DAZZLEが上演するまで行われず、一般の方にはほとんど知られていない存在でした。
数年前にニューヨークで「Sleep no more」を見たときに「これはDAZZLEがやればもっといいものができるな」と思って、長谷川さんにニューヨークで見てもらいました。最初はどう思いました?
長谷川:僕はマクベスをベースにした「Sleep no more」と不思議の国のアリスをベースにした「Then she fell」を見ました。
前者はセリフなしで全編コンテンポラリーダンスとアクティングで展開し、200~300人ぐらいの観客がいきなりエレベーターから放り出されて、完全に自由意志で演者を追いかけながら見る作品。
後者は演技中心でセリフというか会話をしながら進んでいくんですが、20人ぐらいでお茶会をしたり、アリスの髪の毛をとかしたり、演者との関わりが多かったです。
イマーシブシアターを見たときはその体験の新しさとともに「観客全員が違うものを体験する」ということに惹かれました。同時多発的にパフォーマンスが起きているので、絶対にすべて見ることができない。一緒に行った人とも見ているものが違って、その人だけの特別な体験になるんですね。
飯塚:私はこのイマーシブシアターがもしかしたら、無声映画が音声付きカラー映画になったり、世界にインターネットが出てきたような衝撃をエンターテイメントに起こすのではないかと思っています。
今の状況はまさに破壊的イノベーションとなる前夜の、まだ序章に過ぎないのではないかと。
デジタルコンテンツが当たり前になると、「体験」の価値は相対的に上がっていくと思いますし、すでに映画が4Dを模索したり、ゲームがVRになるなど「疑似体験」へのアプローチが加速しています。
そんな中イマーシブシアターは「リアル体験」なので、それがリッチなものになればそれを超えるものはないと思うんです。SFは無理ですが、たとえば戦争映画を体験させたいと思ったら、ロケーションとセットと演者たちの演技の中に、観客を放り込むことも可能なわけで。そこには爆発の熱や振動、火薬の匂いも存在していることになる。もちろんマネタイズの問題はありますが、エンターテイメントの究極を追い求めたらそういうことになっていくんじゃないでしょうか。
長谷川:そうですね。まさにそのマネタイズが最初のハードルだろうなと思いました。東京で実現できるだろうかと。さんざん探し回って、DAZZLEの「Touch the Dark」の舞台となる病院を見つけることができましたから。ですので、イマーシブシアターは場所が決まって、そこからどんな作品を作るのかを考えるぐらいの柔軟性がないと、実現できないでしょうね。
飯塚:ニューヨークはその点は本当にすごいですよね。Sleep no moreでも10000円から15000円、Then she fellは30000円ぐらいのチケット料金。それだけ、新しいエンターテイメントを支える市場規模が存在していますし、そこに支援する投資家もいる。
アートに興味がある富裕層+観光客というお金をたくさん払ってくれる人たちがたくさんいるから、新しい挑戦ができる。
日本でもSleep no moreをやりがたっている人たちがたくさんいましたが、アジアで最初にやったのが上海だったというのが、現在の日本と世界の状況を表していると思います。
ブロードウェイやラスベガスなどを見ても舞台上の演者のクオリティは日本人も負けていないと思うのですが、舞台装置や衣装や生演奏などハード面の差は段違い。
イマーシブシアターもハード面の充実がクオリティに直結しているところがあります。