ニュースの「先」を提示する
—2018年6月1日付で編集長に就任した松島さん。NHK出版時代には、 クリス・アンダーソン(WIRED元編集長)の『FREE─〈無料〉からお金 を生みだす新戦略』やケヴィン・ケリー(WIRED初代編集長)の『〈インターネット〉の次に来るもの』などの翻訳書の編集を手がけていらっしゃいました。その経験を踏まえて、今後WIRED をどのような方向に導いていきたいと 考えていますか。
『WIRED』はもともと、アメリカで1993年に創刊された雑誌で、最新のテクノロジーやデジタルカルチャーを通して社会や僕たちの生活がどう変わっていくのか、その「次の未来」を提示してきました。
日本版の創刊は翌1994 年で、2011年からはコンデナスト・ ジャパンが雑誌とウェブを発行し、2018年は前編集長・若林恵の退任にともなって雑誌が一時休刊になった後、 11月に復刊の予定です。
WIREDの使命は「テクノロジーが人類のカルチャーやライフスタイルに及ぼす影響に意味と文脈を与えていくこと」です。人類とテクノロジーの関係はそれこそ火というテクノロジーを扱うようになって以来、連綿と続いているわけで、その関係性は時代によって 様々に変わるし、プラスの面もあれば、 マイナスの面もあります。
例えば、インターネットによって世界中の人々が つながれるようになったことは、まさにテクノロジーの恩恵ですが、一方では数少ない巨大テック企業がビジネスを寡占し、個人データを売って利益を上げるといった問題も浮き彫りになってきました。そういった意味で、インターネットによって僕らは何を目指していたのか、その目的を内省する時期 に入っているとも言えます。
そして、だからこそ、WIREDは「ポジティブな変化」を提案し続けるメディアでありたいと思っています。起こっていることを発信するだけの単な ニュースメディアではなく、それを咀嚼したうえで、そこに隠された大きな可能性や、新たなイノベーションの芽をすくい上げ、提示することが大切だと考えているんです。
—記事を制作するうえでの工夫はありますか。
WIREDはアメリカに加えて、イギリス、イタリア、ドイツ版もあって、それぞれにクオリティの高い記事がたくさんあるんです。そのネットワークを活かして、海外の動きを捉えた最先端のコンテンツを発信できる強みがあります。テクノロジーやスタートアップ というと、アメリカ西海岸のイメージが強いですが、欧州を含めた複眼的な視点を提供できたらと思います。
もちろん日本からも、世界に向けたオリジナルな視点の記事を発信したいと考えています。そのためには、記事にインサイト(洞察)が含まれていなければダメですし、それが他のメディアでは持ちえないWIRED独自のものでなければなりません。
—WIREDの編集者は、常に世の中の動きを分析し、自分自身の態度を示すことが求められますね。
その通りですね。WIREDでは記事の カテゴリを「ニュース」「ストーリー」「インサイト」の3つに分けています。 「ニュース」が情報寄りのコンテンツだとすると、「ストーリー」はそこに切り口を見つけて文脈を与えていくもの、 「インサイト」はさらに意味や洞察を加 えて書き手のヴォイスを届けるロングフォームのものです。
ひとつのトピックスに対して「切り口」がいくつもあるときに、「WIRED だからこそ書けるものは何か」を常に考え抜きます。つまり、その素材への向き合い方や態度といったものが一番大切になるわけです。これだけたくさんの情報があふれる時代に、コンテンツの価値はそこから生まれてくるはず です。例えばアメリカ版WIREDでは、 編集者やライターの名前そのものが書き手としてブランドになっています。 日本でもそこを目指しています。
すでにストレートニュースをAIが発信する時代です。一方、人間は答えのない事象を深く考えることに面白さを感じるわけで、そういった無駄で非効率な行為からこそ「価値」や「イノベーション」が生まれます。だから、人間が苦手な「効率」や「生産性」が求められる作業はAIに任せて、編集者は価値を生み出すプロフェッショナルになるべきだと思うんです。