前回のコラムでは、企業と顧客との関係性について話しました。「商品を売って終わり」から「売ってから始まる」関係へ、「利用してもらう」関係へと変化していくと、顧客との関係性を良好に保つためには、顧客との会話が必要になります。企業にとって顧客との会話とは、メールをやり取りするということではなく、顧客からのフィードバックをもとに商品やサービスをその顧客の嗜好に合わせてカスタマイズしていくということです。
オートメーション化していない企業にとって、顧客の嗜好に合わせて自社の商品やサービスをカスタマイズしていくのは、非常に骨の折れる活動になります。しかしオートメーション化している企業は、これからカスタマイズが顧客から選ばれるブランドになる為のキーワードの一つになることを認識しています。
では、こうしたカスタマイズのレイヤーを以下3段階と設定して考えてみたいと思います。
1.顧客が自分好みにソフトをカスタマイズする。
2.企業が顧客に合わせてサービスをカスタマイズする。
3.企業が顧客に合わせてハードをカスタマイズする。
1.は、既に当たり前になっています。例えばiPhoneは、ハード自体のデザインはカラーバリエーションの2〜3種類しかありません。しかし、どの様な待ち受け画面にするか、どの様なアプリをインストールするかによって顧客の数ほどカスマイズされていきます。顧客は、ソフトのカスタマイズによって、自分だけのiPhoneを作り出し、そこに愛着を感じています。
スマートフォンが生まれる前は、携帯電話のデザインが大量にあり、顧客は自分好みのデザインのハードを購入し、それをさらにデコレーションすることで、自分流にカスマイズしてきました。しかし、ソフトによるカスタマイズが主流になると、ハードのデザインバリエーションは重要ではありません。むしろ、ハードは個性的なデザインよりも普遍的なデザインにすることで利用できる年数を長くし、ソフトで可変要素を入れ込んでいくことで顧客のニーズに応えることができます。
2.は、IoT、ビッグデータ、AIの時代において、サービスのカスタマイズレベルが、企業やブランドの優位性を決定づける可能性もあるということです。例えばスタートトゥデイが提供するサービス「お任せ定期便」(顧客好みにコーディネートされた洋服を1〜3ヶ月毎に配送し、顧客は気に入った商品だけを購入し、残りは返品するサービス)は、利用開始時にウェブ上でアンケートに答えるだけで自分好みにカスタマイズされたサービスを受け取ることができます。
この様なサービスは今後、顧客の利用データが蓄積することで、AIによる自動化サービスとして提供されていくことになります。例えばAmazonは、ホームスピーカーAmazon Echoに、「Echo Look」というカメラが付いたラインナップをアメリカで追加しました。顧客はこのカメラを利用して自分のコーディネートをデータ上に保管し、日々チェックできる様になり、それらのコーディネートに対して第三者のアドバイスを受けられるサービスを限定的に開始しました。これらのサービスもいずれAIによるオートメーションに代わり、顧客の好みにコーディネートされた洋服を効率よく販売していくサービスへと進化することが予測できます。
3.は、データとファブリケーション(データをもとにした創造物の制作)の融合で実現されていきます。例えば同じくスタートトゥデイはZOZO SUITSを利用して、オーダーメイドの洋服事業を開始しました。これは顧客の身体寸法に、商品のサイズを合わせていくサービスです。従来のオーダーメイドの事業は、顧客一人一人の身体寸法の把握をアナログ行っている為、対応できるキャパシティに上限がありました。
それが、デジタルデータで一斉に管理し、ファブリケーションと繋がることで、顧客一人一人にフィットした商品を生産できるようになります。さらにマスカスタマイゼーションでは、ファブリケーションとして3Dプリンター等に接続することで、生産の場所の制約からも解放されます。同じ商品でも地域ごとに地元の材料で製作することができたり、一家に一台3Dプリンターが普及する頃には、自宅のリビングで服ができたり、家具ができる時代がくるかもしれません。
この様に、自分好みにカスタムされた商品を購入することが当たり前になる時代に、同じものを大量に生産、販売する商品やサービスはコモディティとして生き残る道を探ることになります。企業は、自社の商品のカスタマイゼーションの可能性について議論し、サービスプロトタイプによる実験を重ねていく段階にきています。
室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士
新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。
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