デジタルの革新が生まれる場として、1979年から始まった「ARS ELECTRONICA FESTIVAL」では、会期中にメディアアートの展覧会や作品上映などが行われる。
最先端のテクノロジーが集まり、活気を見せる現地から、TBWA\HAKUHODOの小口弘太郎氏、袴田喬氏が解説を交えた最新情報をレポートします。
今年のテーマは「“ERROR” – THE ART OF IMPERFECTION 」
「ARS ELECTRONICA FESTIVAL 2018」が9月6日から4日間にわたって開催された。昨年は「“AI”-The Other I」がテーマだったが、今年は「“ERROR” – THE ART OF IMPERFECTION」をテーマに「不完全性」を表現した作品が多数展示された。
人間と機械の違いは不完全性にある。機械は常に完全性、すなわち最適化を志向し進歩してきた。一方で人間は、生命現象や自然環境、文化ですらも、数多くの不完全性、つまり“ERROR”の上に成り立っている。
今年のアルスエレクトロニカは、その「不完全性」に着目し、“ERROR(不完全性)”は誤りや失敗ではなく、新しいソリューションの最大の可能性になる、と定義した。
偶発的に起きてしまった“ERROR”、コントロールを外れた先に生み出される“ERROR”にこそ、我々の期待が上書きされる可能性があり、誤りの否定から始まるのではなく、誤りを是とすることから創造しよう、という試みである。
本記事では、郵便局集配所跡地の会場「POST CITY」での展示から作品をピックアップする。
自然をコントロールしようとしてきた人間に跳ね返る“不完全性”
・THE POWER IS THE ONLY ERROR
空間の中に配置された3つの植物型オブジェクトは、グリッドの上にまっすぐ整列され、モダニズムを根幹とする「合理的な社会構造」を表している。そして、この空間における“ERROR”とは、合理性を内包する期待からの逸脱。その試みは、“ERROR”から生まれるクリエイティブではなく、むしろ合理性に甘んじた社会に「期待していた機能的社会」からの逸脱を見せつけることを目指している。いわゆる、「現代の合理化に対してのアンチテーゼ」だ。
この作品は直感的に「コントロールを外れた先に生み出される“ERROR”」を想起させる。グリッド状に整列された植物を模したオブジェクトがそのグリッドから移動されると、私たちを照らしていた光は、明滅回数が減っていき、やがて消える。そして時差をもって音が生み出される。つまり、人間が自然界に介入し、自然界にとっての“ERROR”をつくってしまった時に発生する産物を、体験者の動作をもって光と音で実感させるのである。
一見、人間にとって当たり前の行為でも、自然が順応するのにはラグが生じる。それは、煙を手ではたいた時に煙が遅れて不規則な動きを持って霧散していくのに似ている。その反応は人間には完璧に把握できない事象であり、そこには私たちが意図的にコントロールできない結果が待っている。コントロール出来ないものを意図的につくり出す。そこに面白みがある作品だ。
・πTon
「πTon」は人間の声の合成音を発しながら、床の上を動き回るチューブ型の生物のインスタレーションである。ねじれとうねりを繰り返しながら、自分の中にある何かを放出しようとするかのように這いずり回る。
四方を囲む4つのスピーカーを支えるスタッフは、ただスピーカー持って立っているだけではなく、このラバーチューブが暴れて展示エリアからはみ出しそうになるのを監視し、観客にぶつからないよう必死に足で抑えている。
プログラミングされた動きのはずなのに、その制御不可能な様子はまさに“ERROR”を象徴していた。作者がつくったプログラムを作者が自ら体でコントロールするその構図は、なんともアナログで愛着の湧く様子である。
考えてみれば、想定外の“ERROR”を起こす相手に愛着が湧くのは、AIやロボットの話が現実的になってきてからの話ではない。人と人の間でも、同じことで、本能的に惹かれる点なのではないだろうか。