“思考できる”漫画づくりにこだわり
—漫画化するにあたって、大切にしたことは何ですか。
羽賀さん、柿内さんと話していたのは「(小説ではなく)漫画として読んでも、十分自立している作品にしよう」ということですね。「小学生にもよく分かるようにする」とかではなく、大人が読んでも面白いと思えるような作品にしたいという思いがありました。原作者の吉野源三郎さんは、この本に「君たちはどう生きるのか、自分で考えなさいよ」というメッセージを込めたと思うんです。ここに「生き方の正解」が書いてあるわけではないんですね。そのため読者に考えてもらえるような構成にしたいと考えました。
特に、本書の“エッセンス”が詰まっている「おじさんのノート」にはこだわりました。おじさんがコペル君の成長の様子を書いたノートのページなんですが、ノートの内容については漫画ではなくあえてテキストで表現しています。漫画の中にテキストだけのページが挟み込まれていると、「ハードルが高い」と感じてしまう方も多いかもしれませんが、この部分は漫画にしてしまうと読者の心に残りにくいと判断しました。読者はここで一度立ち止まって読むことで、「考えるヒント」を得ることができるんです。もちろん、子どもはテキストを読まなくても楽しめるはずです。
—依頼から発売までは2年以上かかったとか。
最初は1年ぐらいで完成させましょうという話だったのですが、絵コンテづくりの段階から時間がかかりました。全ページの絵コンテをつくるのに1年以上がかかったんです。その間に講談社の原田さんもお亡くなりになってしまって。その後絵付け作業に入りましたが、さらに1年以上かかりました。“羽賀さん失踪説”も流れたくらいでしたよ(笑)。
羽賀さんには表紙でも苦労をかけました。今回、漫画だけでなく小説も一緒につくったのですが、漫画版の表紙には主人公の顔のアップ、小説版には引き気味のイラストがいいなと考えていたんです。始めはどちらも淡い色のイラストで仕上げていたのですが、途中で「漫画版の表紙は力強いほうがいい」という話になり、描き直してくれました。
足し算型プロモーションで読者を広げる
—本書は、2017年8月24日の発売以降、原作を知る50~60代を中心に話題化し、しだいに購買層が広がりました。どのようなプロモーション戦略を描いていましたか。
すべての本がそうだと思うのですが、プロモーションはその本の「強み」をより多くの読者に理解してもらうための文脈づくりのために行うものです。例えば「このダイエットの本は簡単に痩せることができるから、ズボラなあなたは読んでください」とか、「このファッション誌は低価格でもおしゃれに見えるコーディネートが載っているので、服にかける予算が限られている女性向きです」とか。
『君たちはどう生きるか』の最大の強みは、「80年以上前に書かれたのに、今も読み継がれている」という点だと思います。この強みが響きやすいのは、元々この本を知っていて「名著」と認識している50歳以上の男性です。まずはこのターゲットに手に取っていただき、その子どもたちにも広がっていくようにとPRのプロと一緒に作戦を練っていきました。
まず実施したのが、本書のターゲットと客層がマッチする「丸善 日本橋店」での先行販売です。初めは100冊を店舗の入り口やエスカレーター付近などの目立つ場所にPOP付きで平積みをしていただいたんですが、売れ行きがよかったようで、追加注文をいただきました。
また、この本は名著だということを知っている書店員の方も多く、全国の書店で、こちらからお願いする前に積極的に販促の仕掛けをつくってくださいました。この本の紹介コーナーをつくってくれたり、自前のPOPで宣伝してくれたりして応援していただけるのは嬉しかったですし、売上の面でも大きかったですね。この本が持っている力を改めて実感しました。
—鉄尾さんは、雑誌『anan』の編集長を務めたほか、林真理子さんの『美女入門シリーズ』を130万部の大ヒットに導くなど、「女性」にウケる企画を得意としていらっしゃいます。本書では、コアターゲットの「50~60代男性」から、女性やほかの世代にも興味を持ってもらうためにどのようなことを実施されましたか。
やはり「マス」に訴求するためにはテレビでのPRは外せないと考え、取り上げていただけないかといろいろアプローチをしていました。
2017年8月24日の発売2カ月後にやっと決まったのが日本テレビ『世界一受けたい授業』(2017年10月21日放送、第二弾は2018年1月27日放送)。そのときはすでにある程度売れてはいたんですが、新たに主婦層を中心とした「女性」にも興味を持っていただくことができました。自分で読まれる場合もあるでしょうが、子どもに読んでほしいという気持ちで購入された方が多かったようで、同時に「若い世代」にアプローチすることもできました。
また、これは予期しなかったことですが、糸井重里さん(ほぼ日代表取締役社長)が発売直後に投稿したツイートも、若者に広がるきっかけのひとつになりました。
糸井さんは「他にやることあったけど、ぐいぐい引き込まれて読み終えました。いまは亡き著者と、これをいま出版しようと考えた編集者と、この本に正面からぶつかろうと思った漫画家に、カーテンコールのように拍手を続けています。」と絶賛してくれたんです。このことに関連したネットニュースも拡散し、多くの若者が本書を手に取ってくれるようになりました。
2018年1月9日には、若者たちの間で本書の人気が高まっているとして『クローズアップ現代+』(NHK)でも特集が組まれました。「社会現象」と捉えられるようになったのです。
これまで約9000通以上をいただいている「読者カード」を見ても、読者層の広がりが分かります。はじめは50代以上の男性が多かったんですが、少しずつ女性が増え、その子どもたちと思われる10代の人からの感想も届くようになりました。今では10代が一番多いと思います。私としても、普段、LINEやメールしかしない子どもたちが感想を書いてくれることに驚きました。このように、読者層をどんどん足し算して広げていくというのは、ひとつの作戦でした。
名作のリバイバル 200万部は「奇跡」?
—これまで数々のヒット本を手がけていらっしゃいますが、本書のヒットを通して、編集者として新たな気づきはありましたか。
今どき200万部の本が出るってことはほとんど“奇跡”に近いから、もう一度やれと言われてもかなり確率は低いです(笑)。ただ、「アレンジ次第で新しいオリジナルをつくる」というのは、ベストセラーを生み出すヒントになるのではと思っています。
今回の試みで、「出し方を工夫すればいける」というひとつの答えが出たのではと思っています。今回、やっていることは極めてオーソドックスなことで、名作をリバイバルさせたっていうだけなんですよ。ただ、今までまったく漫画をやってこなかったマガジンハウスが新しいチャレンジをしたから“新しいタイプの漫画”が出せたのではという気がしています。
出版だけでなく、音楽も映画も今までにないオリジナルというより、基本的には何かのベースがあって、そこに編集者のアイデアをプラスしてアレンジしていくことが重要なのではないでしょうか。「これをああいう風に見せるということは、今まで誰もやってなかったね」といったことはたくさんあると思うんです。そこが「編集者」の腕の見せどころではないでしょうか。
『編集会議』2018年夏号もくじ