スモールデータこそが大事
出井:私が会社員時代に信条としていたのは、異動後は前の部署には口を出さないということ。口出ししたくなる気持ちは分かりますが、過去の価値観で何かを言われても困る。これは退社した後も同じ。経験は認めるけれども、過去の栄光は忘れないといけない。
OBの口出しが多すぎるのは日本企業の良くないところです。辞めたら次のことに集中した方が良い。僕は「脱藩会」と呼ばれる集まりに参加しています。そこには所属していた会社に恩義を感じながらも、寄りかかることなく、江戸時代の浪人のように、藩、組織にとらわれずに生きていこうとする人が集まっています。そういう人が増えると、もう一度日本の企業は強くなれると思っています。
河野:確かに日本の組織は「藩」の印象があります。
出井:封建時代の藩ですね。そこから脱すべき時でしょう。OBの厳しい意見が必要な場面もあるでしょうが、過去の価値観で話をするのは良くありません。
河野:あらゆる面で今は価値観が大きく変わってきています。
出井:僕がソニーのトップを務めた当時は、ものづくり企業からの進化をテーマにしていましたが、今はさらに変わっています。GoogleもAmazonもものづくりの会社ではありません。Amazonはものを売っていますが、購買者のデータこそがビジネスの核にある。そういう時代には、ブランドのあり方も変わってきます。
Amazonで買い物をする人は、便利だから利用するわけです。戦後の日本が大量生産で成長したような時代は終わり、インターネットを介してデータを集め、所有することが経営の基盤に置かれる時代になった。ものにこだわるだけの会社や国は追い詰められてしまう。日本もそこから脱却して次のステップへ向かうビジョンが求められていると感じています。
企業においても、ブランドにおいても、そのあり方、本当の顧客は誰なのかという視点は非常に重要です。誰も欲しくないものを作っても仕方がない。自分が本当に欲しいものなら、どこかに同じように考える人がいるわけです。そのニーズは、データの時代になってより「個」に近づいている。
河野:データ時代だからこそ「誰に」「何を」届けているのかを考えないといけないということですね。
出井:広告も、テレビなどマスメディアを使う場合は必ずしも届けたいと思う人に情報を届けられるわけではない。広く届けたいときに効果はありますが、そうしたコミュニケーションの前提はもはや崩れはじめている。
デジタルマーケティングが進むと、Webサイトの閲覧履歴でバナー広告の内容をパーソナライズすることができる。生活者の行動を、企業が次のアクションにつなげる、そういう仕組みができあがっている。
一方で生活者の目というのは侮れません。僕の経験でも、問題のある製品は目に見えてシェアが下がっていく。ものづくりの時代でもそうだったわけで、現在のソーシャルメディアの時代では、生活者の目を意識しないわけにはいかなくなる。そうなると、ビッグデータばかりが注目されますが、実は自分たちが持っている顧客のデータ、スモールデータこそが大事なのです。
河野:町の小さな駄菓子屋さんの方がどこの家の子供、どの子のお母さん、という風にお客さんのことを一番知っているということもありますね。
出井:それこそがデータマネジメンントです。ビッグデータを解析することだけではなく、目の前にいるお客さんを大事にする。これは日本人が得意な分野だと思うのですが、企業となるとそれがなかなかできていないということでしょう。
河野:日本の強みとされる「おもてなし」というのは本来、そういうことなんだろうと思いますね。
出井伸之(いでい・のぶゆき)氏
クオンタムリープ 代表取締役ファウンダー&CEO。1960年ソニー入社。1995年社長に就任し、10年に渡りトップとしてソニー変革を主導。退任後、クオンタムリープ設立。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。
河野貴伸(こうの・たかのぶ)氏
フラクタ 代表取締役。企業のブランディングを推進するサービス・テクノロジーを提供するフラクタを2013年設立。EC-CUBEエバンジェリスト、Shopifyエバンジェリスト。
編集協力:フラクタ