カルチャーに捧げた、大根監督の青春時代
中村:大根さんの作品って強いメッセージ性は感じなくても、気がついたらどっぷり浸っていてウルッと来るというか。それって定義されてるんですか? そこで伝えたいフィーリングというか。
大根:そうですね。僕は子どもの頃からテレビも映画も大好きだったんですけど、基本的には音楽で育ってきたと思っていて。バンドをやっていたというわけではないんですけど。僕ね、バラードって好きじゃないんですよ。
権八:あ〜、わかります。
大根:バラードってどんな気持ちになっていいかよくわからないじゃないですか。素晴らしい曲がたくさんあるのは知ってるんですけど。リズムがあって上がる曲が好きというか。切ない気持ちになったり、涙が出そうになったりでもいいんですけど、基本的にはアッパーな曲でいろいろな感情になりたいというのがありますね。だからそういったわかりやすいメッセージを打ち出さないという部分があるかもしれないですね。
権八:むしろ空騒ぎというか、アッパーで楽しいときのほうが本当は1人ひとりが孤独を感じていたりするところがありますからね。「SUNNY」はまさにそうで、これだけカラフルな90年代のポップな素材があって。
大根:まさかコギャルで泣けるとはね。
権八:そうなですよ。おっしゃる通りで、これだけコギャルの生態をちゃんと描いたものはあまり知らないですね。ルーズソックスが、足が何百本も出てくるのも珍しい。
大根:リメイクの話をもらう前、10年前ぐらいですかね。僕は女の子が好きなんですけど・・・。
権八:よく存じ上げてます(笑)。
大根:当時アラサーぐらいの世代の、いわゆるコギャル世代の子達とごはん食べてカラオケに行くと、「SWEET 19 BLUES」を演歌のように歌い上げるんです。「天城越え」のように、泣きながら2、3人でユニゾンで歌う光景を何度か見ていて。この子達にとってこの曲はこういうアンセムなんだなと。これはいつか何か形にしたいなと断片的に思ってたんです。
権八: 90年代のそういうネタを描きながら、ここまで深く魂を揺さぶられるというのがすごい。
大根:自分がそんなにキラキラした青春を過ごしてないので、それを今、仕事しながら取り返してるみたいなところはあるかもしれないですね。
権八:どういう青春時代だったんですか?
大根: 80年代の後半が僕の10代後半とシンクロするんですけど、東京近郊に住んでいて、80年代の東京はいろいろなことが起きていたので、これを全部生で目撃しなければ気が済まないという感じでしたね。それはライブを見に行ったり、映画を見たり、はじまった頃のクラブカルチャーもそうですけど、それを目撃することで手一杯。そのためにはお金もいるからバイトしなきゃと。そんなことをしていたら一番削られるのが女子と過ごす時間で。
一同:(笑)
大根:だから彼女もいなかったし、デートした記憶もないから、そこの思いだけが異常に欠落していて。
中村:もともと若い頃からずっと映像志望だったんですか?