市民の声を凝縮したコピーに
佐賀県武雄市 市長
小松 政氏
こまつ・ただし 2001年東京大学法学部卒業。同年、総務省入省。大分県庁、内閣官房、福岡市役所への出向を経て、2010年総務省行政管理局副管理官を最後に退職後、同年武雄市役所へ入職。財政課、企画課、公益財団法人東日本大震災復興支援財団への出向などを経て、秘書課長。2015年武雄市長に就任。現在2期目。
―今回、宣伝会議も事務局としてお手伝いさせていただき、コピーライターの中村禎さんとともに11月に武雄市のキャッチコピー「それ、武雄が始めます。」を発表しました。
最近は映像や動画が注目されていますが、やはり言葉が人の人生や行動なりに与える影響はものすごく大きい。仕事柄、改めてそう感じる場面も多いです。このコピーも市民にとってそんな存在になれたらいいなと思います。
プロセスとしては、市が一方的に決める形にはしたくなかった。自分たちが住むまちを誇りに思えて、自然と口をついて出てくるようなキャッチコピーにしたかったんです。そこで市民参加型のワークショップという形態としました。約60人の市民の方々が参加し、3回にわたり武雄の魅力や価値について意見を出し合いました。
普段、自分たちが住むまちについて真剣に語り合う機会は滅多にないと思います。参加者の皆さんも話しながら気づいたことが多かったでしょうし、武雄の良さを再発見できたのではという印象です。
その内容やエッセンスをもとに、コピーライターの中村禎さんがキャッチコピーとして凝縮していきました。だからこのコピーは、外から借りてきたような言葉ではないんですね。武雄に住んでいる人の言葉にならない気持ちというか、心の奥底にあるものを引っ張り出すことができたなと。本物の言葉になっていると思うし、力強さもある。市民の皆さんの声に耳を傾けて、形になるまでのプロセス自体にも収穫がありました。
新幹線開通は最大のチャンス
―今後は市民の皆さんが「それ、○○が始めます。」の「○○」に自由に言葉を入れる、という活用方法も想定されている点がユニークです。
ご自身の名前や団体名、店名などを入れて自由に使っていただきたいですね。早速使い始めてくれた人たちもいて、想像以上の反響がありました。未来に対する行動を宣言できる、素晴らしいキャッチコピーだと思っています。
実は武雄は世の中の先陣を切って、新しいことを始めてきたまちです。交通の発展とともに栄えてきた歴史があり、江戸時代には長崎街道が通り武雄温泉が賑わいました。鉄道が開通したのは明治28年、昭和62年には高速道路も通って佐世保や北九州から盛んに観光客がやってくるようになりました。そしていよいよ2022年度には、九州新幹線西九州ルートも開業します。
歴史的に見ると、もうすぐ4回目の交通変革の時代が到来するということ。武雄の発展にとって最大のチャンスを控えた今こそ、市民が自分ごととしてアクションを起こす起爆剤が欲しかったんです。一方で、武雄市の職員にとってはプレッシャーになるかもしれませんね(笑)。職員が率先して取り組む覚悟が試されるなと思います。
「持続可能で強いまち」へ
―市長として2期目に入りました。「まちのブランド化」の展望は。
私が何より大事にしているのは、多様性や共生社会。「人にやさしいまち」を目指していきたい。どんな境遇であっても、どんな環境であっても、安心して働けて、いつまでも生きていける。安心して子どもを産んで、育てることができる。そう実感できるまちでありたいです。「人にやさしいまち」は、「持続可能で強いまち」でもありますから。
今回のワークショップは中学生も参加してくれました。大人だけで決めるのではなくて、未来を担う子どもたちも参加して武雄の未来について語る場は貴重だと思います。武雄は図書館も市役所もたくさん子どもたちが訪れていて、日常的に触れ合える場もあります。
教育環境づくりにも力を入れていますが、子どもたちが将来、市外に出てもまた戻ってきて武雄で暮らしたくなる環境をつくっていきたい。福祉や教育環境の整備も行き届いた「やさしいまち」を目指すには、観光や移住による経済活性と税収の増加は重要課題です。「稼ぐ自治体」としての強い柱があるから、やさしさが生まれる。その循環を大事にしていきたいです。
ただし「やさしいまち」を目指しているからといって、やさしい言葉のコピーにはしたくなかった。強いことを強い言葉で、やさしいことをやさしい言葉で伝えるのは誰にでもできますから。人の心にグサッと届く、行動に結びつくのは意志が感じられる強い言葉です。中村禎さんにも、私からそういうお願いをしました。
そんな私たちの思いから生まれた言葉が、「それ、武雄が始めます。」。この力強いキャッチコピーのもと、市民はもちろん、全国の皆さんにも何かを始めるきっかけを生み出すような存在でありたいですね。