グローバルで企業のアイデンティティを統一し、表現
−タイププロジェクトを立ち上げたきっかけを教えてください。また、タイププロジェクトを創設した2001年当時、企業のフォントに対する意識はどのような状況にありましたか。
鈴木:タイププロジェクト創設前、私は外資系企業でフォントデザインに携わっていました。独立を考えたのは、書体そのものに目的や用途があるものをつくりたいと思ったから。当時はそれが「アクシス」という雑誌専用のフォントの開発でした。「AXIS Font」は、日本語にもアルファベットにも対応するバイリンガルのフォントで、雑誌専用の日本語フォントとしては初めての取り組みです。
「AXIS Font」は約2年、「アクシス」の専用フォントとして使っていただきましたが、さまざまな方面から要望が寄せられ2003年から「AXIS Font」の販売をスタート。この実績が、今のフォントメーカーとしてのタイププロジェクトの第一歩となっています。
−当時は企業独自のフォントを開発することは、一般的ではなかったのでしょうか。
鈴木:「AXIS Font」も2003年に一旦完成という形になりましたが、その後もデバイスの進化、多様化に合わせてバリエーションを加えています。日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字とその種類、文字数ともに膨大なので、非常に手間も時間もかかります。
かつて、金属活字の時代には新聞社などはそれぞれ独自のフォントを持っていました。新聞社にとって「文字」は社のアイデンティティを表す大切な存在だったからです。現在はデジタル技術が普及し、フォントをつくるツールも身近になっているのですが、やはり専用フォントは開発資金の問題もあり、なかなか手をつけられないでいた、というのが実情でした。
−コーポレートフォントを持とうとする企業は、どのような課題や狙いがあるのでしょうか。また、依頼のきっかけやタイミングに傾向はありますか。
鈴木:デザイン面で、コーポレートアイデンティティをもう一度明確にしたいという目的があります。「AXIS Font」も雑誌のアイデンティティを示すものとして誕生しましたし、ソニーに提供した「SST JP」も同様です。新聞社と同じことを近年、企業や自治体が考え始めたということです。
もうひとつ、企業活動のグローバル化もコーポレートフォントを導入する理由になります。ソニーのように世界中で事業を展開している企業はもちろん、当社がコーポレートフォントを提供したデンソーのように日本から海外へ進出する、あるいは外資系企業が日本へ進出しようとするときにフォントを統一することで社内外への発信に一貫性を持たせようとする企業は多いのです。
外資系企業は欧文のコーポレートフォントを持っていることが多く、日本進出時に自社のフォントに合った日本語のフォントを用意するケースもあります。
加えて、企業規模に関わらず「内製化」の流れが加速していることも大きな要因になっています。あらゆる打ち手にスピード感が求められる時代になり、これまで外注していたような販促用の制作物やプレゼン資料、カタログなどを自社で制作することが増えています。社内の事業部や部門、ブランドごとに制作した書類やカタログのフォントが統一されていることは、企業としてはブランディングにつながります。
コーポレートフォントをつくろうとするタイミングについては、企業の周年事業や海外進出に合わせるケースが多いです。周年事業については、企業にとっての節目となる年にあらためて企業の歴史を振り返り、アイデンティティを表すフォントをつくろうという狙いがあると言えます。
コーポレートフォントで実現する、“さりげない”ブランディング
−導入した企業からはどのような反応がありますか。
鈴木:社名を冠したフォントがあることで、制作物をつくるときの気分が変わる、モチベーションが上がるという声をいただいています。新入社員が書類や文章をつくるときのフォントを選ぶ際に、自社の名前が出てくると驚きがあり、そこから会社への愛着も生まれるという話も聞きます。
フォントを変えることは、企業のロゴタイプを変えることとは違い、すぐにその変化がわかるものではありません。ですが、ロゴタイプは使用できる場所や用途が限られています。フォントはたとえチラシでも、書類でも、オンライン、オフラインに関わらず、あらゆるところで使用できるので、ロゴタイプよりも柔軟性があると考えています。
日常的にコーポレートフォントを使うことで、常に企業のアイデンティティが醸成されていく環境を創り出すことができます。私はこれを「さりげないブランディング」と呼んでいるのですが、内側から自然にブランディングを行うツールとしても使えるという提案は、多くの企業の方にも納得していただいています。
フォントに企業名がついていることで、どのフォントを使えばいいのか迷うことがなくなります。当社の法人プランでは、企業名を冠したフォント名の後ろに「タイトル」「テキスト」「ディスプレイ」など適した用途をつけて提供しているので、そうした迷う時間をより少なくすることができます。
わずかな時間と思うかもしれませんが、全ての社員が日々積み重ねることを考えると大きなコストダウンにつながります。内製化という観点からは、こうした点もメリットと感じていただけているのではないでしょうか。
−今後もコーポレートフォントを持つ企業は増えていくのでしょうか。
鈴木:2020年に向けてはもちろん2020年以降も、海外へ進出しようとする日本企業や日本で事業を展開しようとする外資系企業は増えていくと思います。そういった企業にとってコーポレートフォントが活用できる場面、担える役割は増えていくでしょう。
さらに、企業だけではなく地方自治体なども同じようにアイデンティティを求められるようになると考えています。当社では「都市フォントプロジェクト」も手がけていて、横浜をイメージした「濱明朝」の販売を開始しており、また、名古屋をイメージした「金シャチフォント」の開発をすすめています。これは言葉に方言があるように、フォントにもそのような都市や地域の個性を表すことができないかと考えて生まれたものです。
少子高齢化や過疎化によって、今後は地域や自治体の生き残りも重要になります。企業と同様に、オリジナルのフォントを持つことは住む人、訪問する人々の気持ちへと作用するはずです。
もちろん企業においても、よりコモディティ化が進んでいくなかでいかに独自性、アイデンティティを示していくかは、今以上に重要になります。そのような課題に対して、コーポレートフォントによる「さりげないブランディング」の効果はこれからも必要とされると考えています。
日本の企業は、ロゴタイプを新たにすると気持ちも変わると考えがちです。ロゴタイプを変えることにも効果はありますが、一過性に終わる可能性もあります。持続性という点において、より日常的に使うことができるフォントはその一助になるのではないでしょうか。
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