「仮説」を持ち、新たな「欲しいと思う人」を生み出すことで見える世界が変わる
問題を解決するポイントは、「欲しいと思っている人」を狙うことよりも、「欲しいと思っていない人」を「欲しいと思っている人」に変えること。そちらに重きを置くことです。
こうすることで、デジタルマーケティングの成果は、レバレッジの効かない細々とした世界から、これまでとはケタ違いのダイナミックな世界に変えられるのです。
そのためには、まず「仮説」を持つことから始まります。
「(現時点ではそのようには思ってはいないが)実はこのような欲求があるのではないか?」という仮説を生み出すのです。
その仮説が正しければ、これまでのファネルの入口に存在していなかった「欲しいと思っていない人」を「欲しいと思っている」人に変えられます。そして、その流入数を大きく増加させることで、最終的にクロージングする人のボリュームも一気に大きくすることができます。
仮説の有効性はA/Bテストなどで検証してPDCAを回します。
そして、仮説をつくるために、第1回の連載でも紹介した「人間を見に行く」という考え方、及び、そこから読み取れる人間の「インサイト」を活用するのです。
再度説明すると、「人間を見に行く」とは、自らのブランドや製品、企業を離れて純粋に「ターゲットの興味関心事」に寄り添い、その人々が興味や関心を持っていることを探すことです。
そして、「インサイト」とは、言葉にならないもののそのことに無意識に感じている良さやポジティブな感情、すなわちそのことにどのような価値を感じているかということ。それ明らかにします。
インサイトについては、「既に自分たちも採り入れている」という方も多いでしょう。しかし注意してほしいのは、表層的で合理的な「意見」は、真のインサイトではない、ということです。インサイトは、無意識の領域に隠れていて、自分自身でも気づいていない無自覚な欲求です。従って、それは人間を見に行き、適切なリサーチ手法を用いることで明らかにできるものです。
「人間を見に行く」ことで得られるインサイトについて、具体的な事例で説明しましょう。書籍『「欲しい」の本質』の中でも紹介した、幼児向けの通信教育ブランドに関するプロジェクトです。プロジェクトでは、このブランドの販促に反応していない人への価値を高め、入会者数を増やすことが課題でした。
過去には非入会者への調査を行っており、そこで把握された入会しない理由は「料金が高い」と「部屋の中の物が増える」でした。しかし、仮に料金を下げれば入会するのか?また、部屋の中の物を増やさない教材であれば入会するのか?という問いに対して、非入会者の反応は芳しいものではありませんでした。
そこで、人間を見に行くという考え方に立って、販促のターゲットとなる育児中の母親層の興味関心事に寄り添うインサイト調査を行いました。その際、幼児向け通信教育については興味がなくても、「育児」に興味のない親は稀であるため、彼女たちの「育児」に関するインサイトを、デプスインタビューによってリサーチしたのです。
その結果、育児に対して次のようなポジティブなインサイト(価値インサイト)を明らかにすることができました。
「夫がアウトドアで子供と楽しそうに遊んでくれているのを少し離れた場所から眺めているとき、あ〜子供を産んでよかった、と実感する」
これに対して、その通信教育ブランドが送付していたDMには、次のようなネガティブなインサイト(不満インサイト)が感じられていることがわかりました。
「閉ざされた部屋で子供とふたりきり、煮詰まった関係。チマチマした日々に、さらにチマチマした教材が送られてくるのは、まっぴらごめん」
こうして得られたインサイトに基づいて、彼女たちが求める育児への喜びを提供し、これまでのDMや教材に潜在的に感じられていた不満を解消する施策が導入されました。「ダイナミックな体験を与えて、子どものやる気を引き出す」ことをコンセプトにして、販促施策も同様に展開。こうすることで、レスポンスが大きく改善し、ビジネスとしての成功を収める結果になりました。
ここで言う「値段が高い」や「余計なものが増える」が、表層的で合理的な「意見」なのです。これに目を向けているだけでは可能性を拡げる仮説を持つことができません。次のようなサイクルから抜け出すことができないことになります。
1.その対象に対して、既に関心を持っている人々をターゲットに設定する。
2.彼らが対象に対してどのように考えているか、感じているかを探り、それを元にアイデアをつくる
3.限定されたターゲットに対してアイデアに基づく施策を展開するが、顧客の獲得は頭打ちになる
一旦、そのブランドから離れることで、本当に人々が求めているものは何なのかを読み解くことができるのです。