「スポットの指定買い」の実現はメディアも企業もWin-Winの結果につながる
さらに考えを進めると、「先に質、次に量」の流れは「メディアのまとめ買い」からの脱却でもあります。
スポット取引って3000GRPを何億円で、という売り買いをしていますよね。CM枠を全部足して3000GRPになるように「線引き」をして売る。視聴率30%の枠を100個とかね、わかりやすくいうとそういう売り買いです。
しかし、F1しかターゲットではないキャンペーンに、視聴率は30%だけどF3M3ばかりが見ているCM枠は買う意味がないですよね。だったら「F1だけでいいので1000GRP欲しい」とか言われるかもしれない。
さらに言うと、「この番組とこの番組と、あとはこの番組も欲しい」とか言い出すかも。これまではまとめて何GRP、という売り方しかしてくれなかったのが、これからはスポット枠も指定買いができるようになる。すでに日本テレビはASS(=Advance Spot Sales)の名称で可能にしています。「ラクスル社のテレビCM」が一部で話題になりましたけど、これもASSと同じ手法の売り方です。
「スポットの指定買い」ができるようになると、実はお互いにウィン-ウィンの結果になります。スポンサー側は、自分の欲しいCM枠だけを買えます。欲しくないターゲットが中心のCM枠を買わなくて済むので無駄がない。売り手側、テレビ局側は少し高くCM枠を売ることができます。ASSは2カ月前の受注なので残ったらGRPで売ればいいんです。ASSについて「日テレが視聴率いいからできるんだよ」と言う人もいますが、よくよく考えればそうではないことに気づくはずです。
というか、「まとめ売り」のスポットセールスの仕組みが実はおかしかったんです、今となっては。メディアの価値をコンテンツの価値に伴わせていなかった。
ASSは番組とその番組を愛する視聴者にとってもプラスに働きます。とにかくひたすら視聴率を上げろ!と言われなくて済みます。もちろん基本姿勢として、多くのターゲットに見てもらう努力は変わらないでしょう。でもひたすら視聴率を上げることだけのために、いま話題の「アメフト部問題」とか「スポーツ界暴力事件」とかを扱わなくて済む。「その話題を扱うと、うちの視聴者は離れかねません」と言えるわけです。
今の世帯視聴率は、井戸端会議のネタを提供するほど高くなる。そういうことが好きな視聴者の数字を取っているだけです。GRP取引だとそうなっちゃう。そこが変わるはずです。
同じことはネットメディアにも言えるのではないでしょうか。ひたすらPVを追っても、スポンサー企業にとってふさわしい読者が来てくれないなら、無意味なんです。それよりも、そのメディアの本質を気に入ってくれて読んでくれる読者を大事にし、「こんな嗜好を持つ良質な読者がいます!」と胸を張って企画広告を売る、そんな姿勢にみんな向かっていくことになるでしょう。
「ひたすら量」の時代は、おしまい。メディアは今、新旧ともに「先に質、次に量」の世界に静かに向かっていると思います。その証が、日本テレビの「世帯から個人」なのです。
境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)
1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Borer」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―」 株式会社エム・データ顧問研究員 お問合せや最新情報などはこちら。