新しい路線の価値を生み出すこと、それがヒットの第一法則
まず確認しておくと、「バリュープロポジション」とは、ブランドからの価値提案を意味しています。
このバリュープロポジションは、法則の3番目にある「キーインサイト」に応えるものでなければなりません。そして「キーインサイト」とは、人々が持つ「隠れた不満や欲求のエッセンス」です。人を動かす隠れた心理であるインサイトの中で、ポイントとなる不満や欲求です。この不満や欲求をしっかり充たす提案がバリュープロポジションになります。
そのバリュープロポジションにおけるヒットの法則は「新しい路線の価値」です。これに対し「失敗の法則」は「既存の価値の延長線上」です。
市場に投入される新商品の多くは、実は「既存の価値の延長線上」に止まっています。だから、新しい商品が発売されたり、新しいキャンペーンが展開されても「だいたい、良いんじゃないですか?」とスルーされてしまっているのが現状なのです。
例えば、洗濯用洗剤という商品カテゴリーを見てみましょう。「軽量でコンパクト」という価値の商品が注目されると、新商品として「より軽量コンパクト」という商品が他から発売され、さらに他の競合から「もっと軽量コンパクト」な商品が市場に投入される、といった競争が行われます。まさに「既存の価値の延長線上」の戦いが行われるのです。
その結果、その「より」の差異は消費者にとってはどうでもよいものになり、「だいたい良いんじゃないですか」といった評価に陥ってしまいます。そして、次に「ニオイが落ちる」に注目が集まると、同じように「より」「もっと」「さらに」・・といった具合に同一線上での戦いが始まる、今度は「抗菌」で・・・といった具合に競争が繰り返され、各ブランドが疲弊していきます。
その中でP&Gのジェルボール洗剤は、「新しい路線の価値」生み出すことで、ヒットの法則を充たす商品になったと言えるでしょう。
それは「洗濯が楽しくなる」という価値です。
ジェルボール洗剤は、その形状や使い方、さらにはカラーリングなどから、「ポンと放り込むだけで楽しくなる」「見た目にもカワイイ」という、新しい路線の価値の提案が、消費者に受け容れられたのです。
「既存路線」に逃げず、「新路線」を歩まなければヒットの道は開かれない
では、ジェルボールの価値提案=バリュープロポジションが充たしたキーインサイトとは、何だったのでしょうか?
それは、「液体の洗濯用洗剤をキャップで計量している時、その行為が、せせこましい気分にさせる」といったものであったと考えられます。計量するという行為が、うら悲しくわびしい日常感を想起させていたのです。
もちろんこれは洗濯をする人の意識に上っていたわけではありません。無意識の領域にあったインサイトです。しかし、ジェルボール洗剤はその「いまの洗濯はつまらない」という不満のインサイトを払拭し、消費者の支持が広がったのです。
このような、「既存の価値の延長線上にある価値」と「新しい路線の価値」を、私たちデコムでは「既存路線」と「新路線」と呼び、明確に分けるようにしています。
既存路線の価値には新奇性がありません。そして、「だいたい良いんじゃないですか」で済まされがちな今の環境では、そのように新奇性がないものにはトライアルが生まれません。それはすなわち、ヒットの可能性がない、ということになります。
現状のユーザーから離れて「人間を見に行く」ことで、人々の隠れている不満や欲求をつかみ、それを充たす新しい価値=新路線を生み出すこと。これこそが、ヒットの条件なのです。
ただし、新奇性だけでなく、一方で「受容性の幅」が広いことも重要です。その条件を充たさないニッチなものでは、市場に受け容れられないことになります。
「新奇性」と「受容性の幅」を両方備えていること。簡単ではありませんが、この二つの条件をクリアすることがヒットのためには欠かせないのです。
新商品だけではなく、広告やキャンペーンにおいても新奇性は重要です。人々に、広告する対象の「新しい路線の価値」を感じてもらう必要があります。先のジェルボール洗剤でも、「洗濯が楽しくなる」が達成されたからヒットしたのです。
次回は、ヒットの法則・失敗の法則の2項目、「アイデア」について紹介していきます。
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