水深2,500mに耐えるカメラをつくる
渡部:4Kカメラは海中300mくらいであればいくつかメーカーさんから出ているんですが、水深2,500mまで潜らせることのできる4Kカメラというものはほとんど存在しなかったんですね。こうした特別なカメラを持っているのは、JAMSTEC(海洋研究開発機構)といった大きな研究所くらいしかなく、国の予算で動いているものですから、そう簡単には借りることができません。
前田:いきなりピンチです。
渡部:スタート時に最大の挫折のピンチだったんですが、知り合いの研究者から「つくれば?」と言われました。私には「つくる」なんていう発想がまったく出てこなかったんですが、どれだけお金がかかるかわからないけど、「そっか、つくればいいんだ」と思ってしまったんです。でも、とてもそんな簡単なものではありませんでした。
水深2,500mに潜らせるためのカメラの要素は、「カメラ」と「照明」、そして2,500m級の水圧に耐えられる「容器」がセットになります。こうした深海カメラ製作で非常に優れた技術力を持つ人物(増田殊大氏)が東京大学生産技術研究所にいらっしゃって、コンタクトを試みました。一から製造するには莫大なお金がかかるところを、増田さんが東大の研究で使用するカメラを開発しないといけないタイミングで、その枠組みの中で、深海4K撮影対応カメラをつくって頂き、ひとつのシステムで我々の4K映像も増田さんの研究データも取れるようにする、というお互いにWINWINな条件が揃い、カメラ製造の目途が立ちました。
前田:カメラ製造に着手いただいたのは、いつ頃だったんでしょうか?
渡部:2018年の8月頃でした。
前田:放送が12月で、撮影した素材の編集時間を考えると、かなりタイトなスケジュールです。とはいえ、ようやく中間目的の一つとしてカメラ製造の目途がたったと。他に必要な「あるべき状態」には、どのようなものがあったでしょうか?
渡部:カメラができあがったらそれを海におとさないといけませんが、普通の漁船、普通の漁師さんではそれができません。
そこで登場するのが、伝説の深海漁師と呼ばれている長谷川久志さん親子です。長谷川さんは、めずらしい深海魚を獲って販売するだけでなく、研究者の方から依頼された深海魚を狙って獲れる凄腕の漁師さんなんですが、長谷川さんには早くからオファーを出していたものの、様々の条件が整わず、カメラの開発着手が遅れたため、スケジュールが後ろ倒しになっていました。その結果、他局の深海番組チームと長谷川さんを争奪するような状況になってしまい、このスケジュール調整にも苦労しました。
前田:他局の深海番組チームが「競合」として存在していたということですね。長谷川さんのスケジュール調整ができた上で、番組として成立させるためには何かしらの生き物をカメラに収める必要がある訳ですが、長谷川さんとは何を狙うかお決めになっていたんでしょうか?
渡部:駿河湾は深海ザメ王国ですから、やはり深海ザメビッグ2は狙いたいな、と。オンデンザメが駿河湾にいるということは知っていましたが、狙って撮れるものではないこともわかっていたので、カグラザメを撮ろうということになりました。漁師の長谷川さんがカグラザメをよく釣ったという場所が、水深600mのポイントだったのです。
前田:まとめると、中間目的としては、「撮影したい生き物を決め、それを撮影するための撮影体制が整っている」ということになろうと思います。
前田:カメラができた。撮影体制が整った。この他のあるべき状態としてはどのようなものがあったんでしょうか?
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