世の中では、不祥事会見後に、さらに騒ぎが広がってしまうパターンも少なくない。しかし泉氏は2月1日に自ら辞職会見をすると騒ぎは一斉に鎮火。そして1ヶ月半後、市民の圧倒的な支持で再び市長に返り咲いた。
違いは何なのか?
『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議刊)の著者、永井千佳氏(トップ・プレゼン・コンサルタント)は、「テンプレート通りのマニュアルに沿った不祥事会見が、火に油を注ぐ結果になっている」という。
謝罪をすることになったら
最近、企業の不祥事に伴う謝罪会見が相次いでいます。
「まさかこんな立派な会社が」と思うような会社のトップが、不祥事会見の矢面に立たされていて、深々と頭を下げています。
このような不祥事会見を見るたびに、心が締め付けられます。
「もし自分が、この立場に立たされたら、どうしよう?」
実は、決して他人事ではありません。
確かに普通の人は、多くのメディアに取り囲まれて謝罪する場に立つ可能性は少ないかもしれません。でも社内や仲間の集まりで、そのような場にいきなり立たされる可能性は、決して小さくありません。
そして、こういう場面はえてしていきなり来るものです。不祥事会見に立たされたトップも、前日までそんな立場に立つなんて想像もしていなかったはずです。
そんな時、「こうなった理由はそもそもコレです。だからこういう対策をします」というマニュアルに沿ってロジカルに説明するテンプレート通りの会見では、ますます炎上してしまうことも多いのです。
実は欧米社会では、この方法で大丈夫なのです。欧米社会では単に「自分が悪かった。反省します」という謝罪だけでは決して許してくれません。「自分に非があると謝罪するなら、その分析と対応策を見せろ。誠意がない」と言われてしまいます。
しかし日本社会は違います。日本で問題を起こした海外メーカーが、事故を起こしても謝罪せずに、詳しい分析と対応策を示すことがよくあります。欧米社会ではこの方法でもOKですが、日本社会では「謝罪の言葉が一つもないじゃないか。誠意を見せろ!」と言われて、さらに炎上してしまうのです。
どちらが正しくてどちらが間違っているか、という問題ではありません。文化が違うのです。
日本社会の謝罪で必要なのは、まずは何を差し置いてでも、心から誠心誠意お詫びすること。原因究明と対応策は、その次です。では心からお詫びするにはどうすればいいのでしょうか?
では、明石市長に三選した泉氏のケースを振り返ってみましょう。
今年1月29日、兵庫県明石市の泉房穂前市長の2年前に録音されたパワハラ発言が報道されて、非難する抗議が殺到しました。しかし翌日1月30日、神戸新聞社が発言の後に「市民の安全のためや」「私が行って土下座でもしますわ」という続きがあったと報道すると、肯定派と非難派が半々に。
そして2月1日。泉氏は憔悴しきった表情で現れ、「私の行為は許されないことであり、すべて私の責任。リーダーとしての資質を欠いているのは明らかで、処分を受けるのは当然。申し訳ありません」と涙ながらに辞職を表明しました。
「反体制に嵌められた」「次期選挙のことを考えての判断」という意見もありましたが、この会見以降、非難はパッタリとなくなりました。
そして辞職後、告知された明石市長選挙に出馬。「市役所の職員に感謝の気持ちが欠けていたと改めて思い知った。もう一度明石のために頑張りたい」と訴え、3月17日に投票者の7割の支持を得る圧倒的多数で当選を果たしました。泉氏は当確の挨拶でこのように話しています。
「明石市政の混乱を招いた責任は私にあり、本当に深く反省している。職員としっかり信頼関係を築き、明石のまちづくりをしっかりやっていきたい」
「自分自身の欠点は、苦手分野を後回しにすることと感情のコントロールの二つ。苦手分野は、これから職員から学び取り組んでいきたい。感情のコントロールについては、この一ヶ月以上日記を付けたり、専門講座を受け続けて、55歳にして改めて自分自身の至らなさを知った。その点についてもしっかりと改めていきたい」
泉氏の会見を見ていると、まずは相手の立場に立った、心から誠心誠意の謝罪をし、その次に不祥事を起こした原因の分析をして、自分の言葉で誠実に対応していることが分かります。
謝罪会見で、マニュアル通りの「テンプレート会見」が目につく昨今。リスクをとらない姿勢は、誠実さが感じられずかえって印象を悪くします。「マニュアル通りにやっていれば安心」という思いこみからは、早く目を覚ましましょう。聴き手は華麗なトークなど求めていません。トツトツと話していても、話が上手でなくてもいいのです。深く呼吸し、落ち着いた低い声で、ゆっくりと話しかけ、真摯な気持ちでお話しすれば、安心感と信頼感アップにつながります。やり方は一つではなく、人はそれぞれ違っていいのです。
これは記者会見に限った話ではありません。仕事をしていれば、どうにもならない謝罪が必要なときもあります。なんとか火消しをしなくてはならないことも出てきます。
そんなときは、「す・き・か・な~」(「す」スピード、「き」聞く、「か」感情(+パッション)、「な」泣く)で対応する、と覚えておいてください。
泉氏の会見も、批判の直後に開き(スピード)、会見での質問にしっかりと受けこたえ(聞く)、自分の言葉で涙ながらに話しています(感情、泣く)。「す・き・か・な~」を実践しているのです。
もう無理……! と諦める前に「す・き・か・な〜」を思い出してほしいと思います。まずは誠心誠意の謝罪。そして間違った理由はその後です。
このほか質疑応答で困ったとき、緊張して切り抜けられる方法については『緊張して話せるのは才能である』で紹介していますので、こちらも参考にしてください。
【書籍案内】
『緊張して話せるのは才能である』 永井千佳著
大事なプレゼンの前に読みたい、緊張の取り扱い説明書!
永井 千佳(ながい ちか)
トップ・プレゼン・コンサルタント、ウォンツアンドバリュー株式会社 取締役
桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。極度のあがり症にもかかわらず、演奏家として舞台に立ち続けて苦しむ。演奏会で小学生に「先生、手が震えてたネ」と言われショックを受ける。あるとき緊張を活かし感動を伝えるには「コツ」があることを発見し、人生が好転し始める。その体験から得た学びと技術を、著書『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)で執筆。
経営者の個性や才能を引き出す「トップ・プレゼン・コンサルティング」を開発。経営者やマネージャーを中心に600人以上のプレゼン指導を行っている。
また月刊『広報会議』では、2014年から経営者の「プレゼン力診断」を毎号連載中。50社を超える企業トップのプレゼンを辛口診断し続けている。NHK、雑誌「AERA」、「プレジデント」、「プレシャス」、各種ラジオ番組などのメディアでも活動が取り上げられている。
その他の著書に『DVD付 リーダーは低い声で話せ』(KADOKAWA /中経出版)。
永井千佳オフィシャルサイト
Twitter:@nagaichika