客観視とマインドセットで“当たり前”を共感ストーリーに変える①

異業種や異文化に触れてマインドセットを見直す

土屋:とはいえ、自分たちの日常を切り取っただけで、ブランドを名乗れるほどのストーリーになるのだろうか、という不安を解消するには、少し時間がかかりました。なにしろ創業者である父親からは、「こんな仕事は絶対にやるな」と言われ続けて育ったもので……。外の世界に触れることなく、ずっと家業だけを見て働いていたら、職人たちの技術力の高さや長く愛用してもらえるランドセルや鞄のクオリティに、気づかないままだったかもしれません。

その点、他社の魅力は気づきやすいものです。金沢に福光屋の酒蔵を訪ねたときも、異業種の客観的な視座から見学させていただいたせいか、歴史ある酒造りの日常的な営みの中に世界に誇れる魅力的なストーリーがたくさんあることに気がつきました。

そして、会社の中で「コンテンツがない」と悶々としてしまうのは、社内に入り込み過ぎて視野狭窄に陥っているからではないかと反省しました。ちょっと視点を変えれば、自分たちにとっての“当たり前”がお客様にとっての“驚き”や“感動”になり得るものが、たくさんあるはずなのに。

河野:土屋さんは自然体で視点の切り替えが出来る方だと思いますが、社員一人ひとりにマインドセットを変えるよう促すのは難しいのではないですか。

土屋:接客中の会話に耳を傾け、アンケートの回答やお問合せ情報の内容を振り返るように促し、“外からの視点”に目を向けさせるきっかけを与えています。たとえば、職人が使い込んで短くなった包丁や潰れたハトメ打ちでも、お客様が「年季の入った道具ですね」と言ってくださるなら、長く愛用できる商品のイメージやものづくりに心血を注ぐ姿勢を伝えるメッセージに使えるかもしれません。

河野:面白いですね。当たり前になっている前提を否定するというのは難しい思考法ですが、クリエイティブを内製していくチームなら身に付けておきたいスキルです。それがないと、クリエイティブの面白さがわからないし、効率も上がりません。土屋さんには、マインドセットのために心がけていることや訓練していることがありますか。

土屋:こうして対談やセミナーに参加させていただき、カテゴリーの違う他社から学べるのは良い機会です。できれば、見聞きするだけでなく体験させていただけるほうが自社のブランドに変換しやすいように感じます。

河野:一度分解して再構築するというやり方は、感覚値として身に付けていくものですからね。あの(元ソニー社長の)出井伸之さんですら、いまだに現状に危機感を持って学び続けておられます。その姿勢があるからこそ、常に視野を広く保つことができるのでしょう。

土屋:伊藤園の角野さんはシリコンバレーに行かれましたし、私も海外生活を経験してから家業に入りましたが、日本を出てまったく別の感性を持つ人たちと触れ合うのも、ひとつの方法だと思います。

土屋成範(つちや・まさのり)氏

土屋鞄製造所代表取締役社長。同社創業者であるランドセル職人土屋國男の長男として、創業者の背中を見て育つ。海外生活の経験を経て1994 年に土屋鞄製造所へ入社。2017年より現職。2018年に第35回優秀経営者顕彰最優秀経営者賞(日刊工業新聞社)を受賞した。

 

河野貴伸(こうの・たかのぶ)氏

フラクタ代表取締役、土屋鞄製造所取締役。企業のブランディングを推進するサービス・テクノロジーを提供するフラクタを2013年設立。EC-CUBEエバンジェリスト、Shopifyエバンジェリスト。2011年より土屋鞄製造所のブランディングとデジタルコミュニケーションをサポート。

 

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