人の気持ちをマーケティングに活用する際の課題
クリエイティブの評価を脳科学的に捉える技術は、すでにニールセンをはじめとして、視線追跡(アイトラッキング)と組み合わせることで、クリエイティブのどの点を見て、脳のどの部分が活動しているかを把握することで実用化されています。また、英のUnrulyをはじめとしたテクノロジー企業はフェイシャルコーディングという表情認識の技術を使って、感情を認識することで動画のクリエイティブの評価に役立てています。
特に今やYouTubeをはじめとしたソーシャルメディアやデジタルメディアには多くのクリエイティブが生まれ続けているので、このような素材を活用して、人の感情の反応データを収集し分析することが可能になっています。人工知能がこのようなデータをもとに、感情反応を生み出すクリエイティブ要素と、購買行動を結びつけることで、「感情に効く広告」を効果的に導くことができると言えると思います。
しかしながら、このプロセスにはいつか考えなければならない点があります。第1に感情反応とは、基本的に対象となる人によって異なりますので、同じクリエイティブ要素がすべての人に同じ感情反応を生み出すとは限らない、ということです。したがって「誰をターゲットとした気持ちなのか」を想定しなければ、最適なクリエイティブは生み出せないことになります。
これは広告やコミュニケーションがデジタルによって、ますますパーソナライズされた方向にいくというテクノロジーと合わせれば大きな問題ではないのですが、逆にいろんな人に目の触れる可能性が高いテレビなどのマスメディアでは、大きな感情反応を引き起こしたいインパクトの強いCMは、もしかすると賛否両論を巻き起こす可能性もあるということです。
最近、マーケティング界隈でも増えている「炎上」案件は、社会がある意味で全体性を持ちえず、分断された世の中において、同じクリエイティブでもまったく違う反応を引き起こす可能性があるということでもあります。この傾向は日本に限らず米国でも起きている現象です。
第2にはクリエイティブというのは実際には精緻な構成物であり、再現性が難しく、似たようなつくり方でもまったく同じ効果を生み出すのは難しいものでもあります。それはエンタテインメントの世界を見れば分かる通り、同じアーティストや監督でも、映画の同じタイトルの続編でも、同じようにヒットするとは限らないのと同じです。
その意味でGoogleには、すでに「Director Mix」と呼ばれる、行動の結果(視聴し続けるか否か)をもとにクリエイティブ要素を最適化して配信するアルゴリズムテクノロジーがありますが、このようなやり方で効果を高めるのには限界があるのではないかと想像します(もちろんそれがコストに見合っていれば十分効率的ではありますが)。
第3にはテレビの前でじっくりとテレビCMを見るような環境ではなくなっているので、スマートフォンの限られた接触時間の中で接するクリエイティブの要素として何が、適切かはますますわからなくなっているのが現状です。
そして、こうした視聴状況や文脈は白紙状態で考えられるわけではなく、先ほどのターゲットとなる人において流動的なのであって、この前提をメディアでどのようにコントロールできるのかも課題になるでしょう。たとえば、「泣ける動画」がブランドの態度変容を良好にするとわかっていても、四六時中「泣ける動画」を見たいかどうかは別の問題だということです。