「お客様の声」を鵜呑みにすると、「表層的な不満」の罠にはまる
まず確認しておくと、キーインサイトとは、人々が持つ隠れた不満や欲求の“エッセンス”を指します。対するインサイトとは、より広い「人を動かす隠れた心理」全般のこと。つまりインサイトの中でも不満や欲求を集約した心理が、キーインサイトになります。
では、キーインサイトに関する「失敗の法則」の中で挙げた「表層的な不満」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか?
これを説明するために、「幼児向け通信教育ブランド」の入会促進に関するプロジェクトの事例を紹介しましょう。このプロジェクトでは、プロモーションの主力であるDMに対するレスポンスを高めることが目的に設定されていました
これまで、プロジェクト内でDMに反応しない理由として考えられていたのは「料金が高い」と「部屋の中の物が増える」という2点でした。
では、その2点が解決されたら、DMに対する反応が高まるのでしょうか。
確認のため、もし今より料金が下がったら? そして、もし部屋に物が増えない教材が開発されたら? DMに反応していない層を対象にアンケートを行い、これらの解決策を投げかけてみましたが、芳しい反応は得られませんでした。
これらは、まさに先ほどの「表層的な不満」だったのです。アンケートやフォーカスグループインタビューで「DMに反応しないのはなぜか?」と問われた時に、調査対象者が自分の意識の中で整合性のとれる答えをその場で見つけ、回答しているだけだったのです。
そこで、このプロジェクトでは反応が得られない「真の理由」を探るため、契約の主たる意志決定者である母親の心理を探るインサイトリサーチを実施しました。
この時のリサーチのテーマは「育児」。「幼児向け通信教育」という狭い領域に限定せず、育児に関する心理を探っていくことで、見えていなかった心理を拾い上げるためです。通信教育に関心のない母親は多くいますが、「育児」に関心のない母親は少数であることが理由です。
直接、母親たちが感じている不満を探る前に、まず、母親が育児に対してポジティブに感じられるシーンを探りました。すると、次のようなシーンの中でポジティブな心理が感じられることがわかりました。
「夫がアウトドアで子供と楽しそうに遊んでくれているのを少し離れた場所から眺めているとき、あ〜子供を産んでよかった、と実感する」
そして、このような育児全般に感じるポジティブなシーンと対比される、テーマとなっている幼児向け通信教育に対する潜在的な不満も浮かび上がってきました。それは次のようなものです。
「閉ざされた部屋で子供とふたりきり、煮詰まった関係。チマチマした日々に、さらにチマチマした教材が送られてくるのは、まっぴらごめん」
こうした不満の背景には、かつて企業で働いていた後に結婚⇒出産して育児休暇をとっている母親、あるいは退職して育児に専念している母親たちならではの心理があります。彼女たちは出産前のアクティブな生活から一変し、家の中で幼い子供と二人で過ごす時間が長くなります。その繰り返す時間の中で感じる煮詰り感が、送られてくるDMに対して抱く潜在的な不満の背景にあったのです。
プロジェクトでは、このような潜在的な不満を解消するDMのリニューアル、さらにはコミュニケーション施策、商品政策に至るまで見直しが行われました。育児から想起させるポジティブなシーンをイメージさせ、内容も子供の体験を重視する方向に変えられました。その結果レスポンスは向上し、プロジェクトは成功を収めることができました。