日本の広告界を代表する210名のアドバイザーが参画をし、いま日本の広告界が議論するテーマを持ち寄り、企画される「Advertising Week Asia」。そのアドバイザリーボードのメンバーたちが今、日本の広告界が向き合う課題、そして希望についてリレー形式で語っていく。
(「Advertising Week Asia 2019」アドタイ読者限定割引ページはこちら)
東京五輪で期待するのは「熱狂=アスリートに寄り添う広告」
【執筆者】
講談社 ライツ・メディアビジネス局 局次長
長崎亘宏氏
デルフィス、マッキャンエリクソンでのメディアプランニング職を経て、2006年講談社に入社。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立・運営に従事。2014年より、JIAAネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標を整備。2017年より、日本ABC協会雑誌ブランド指標ワーキンググループのリーダーとしてメディアデータの再編に従事。第3回Webグランプリ「Web 人 of the year」受賞。
いよいよ東京五輪のチケットが販売開始に
令和元年5月9日。新たな元号の幕開けとともに、いよいよ東京五輪のチケット販売の抽選申し込みが開始されました。大会組織委員会によると、この時点でのID登録者は295万人。アクセスの状況を見ても好調な滑り出しだそうです。
ちなみにリオではオリンピックのチケット販売数は約616万枚、パラリンピックは200万枚だったそうで、それを大きく上回る動員が期待されています。そして一昨年春に、当時の東京都オリンピック・パラリンピック準備局が試算した経済波及効果は、東京都で20兆円、全国で32兆円でした。それはこうした景気を背景としたダイナミックなマーケティング活動があちこちで行われることを意味しています。
「見る」から「体験」へ転換する、スポーツイベント
さて、このたびの寄稿は「Advertising Week Asia 2019」(以下AWA)開催を記念したリレーコラムでして、事務局からいただいたお題は「2020東京五輪 スポーツの『熱狂』と広告界」でした。正直な話、なんて難しいテーマなのでしょう?五輪と付いただけで、下手に書いたら各方面から突っ込みどころ満載かと思います(笑)。
それはさておき、実はこの『熱狂』というキーワードは、初めての開催となったAWA2016以来、さまざまな場で多用されている重要なものです。いわば、広告業界は『熱狂』をつくり続けることができるか? という命題です。であれば、この記事はシンプルに、「東京五輪を迎えるにあたって、スポーツの『熱狂』を素材にした、どんな広告を体験したいか?」というアプローチにしたいと思いますのでよろしくお願いします。
まず「見たいか?」ではなく、「体験したいか?」と書いた理由を説明します。諸説ありますが、近代オリンピックの転機は1984年ロサンゼルス五輪といわれています。商業主義の始まりとも揶揄されていますが、いわゆる現在の4大収入源といわれる、①チケット収入 ②物販収入 ③テレビ放映料 ④スポンサー協賛金(1業種1社制の導入)がこの大会で確立されました。放映料についてはその後高騰を続け、スポンサーシップの費用も同様です。
広告ビジネスの観点では、電通が本格参入した初めての大会でもありました。現在に至るまで、五輪を取り巻く最強のメディアはテレビであることはいうまでもありませんが、スポーツという強力なコンテンツとともに、さまざまなテレビCMが放映されてきました。と同時に大会ロゴを核としたセールスプロモーション手法の開発が進んでいます。いわば「壮大な劇場化」。プレイヤー(この場合はアスリートではなく広告主)とオーディエンス(消費者)が舞台と観客席に分かれて行われる形式でした。
長らくその時代が続きましたが、2012年ロンドン五輪で新たな転機が訪れます。「ソーシャルメディアが活躍する五輪」になるという国際オリンピック委員会(IOC)の約束が、現実のものになったからです。
Facebook(2004年創業)、Twitter(2006年創業)による情報発信がアスリートのみならず、オーディエンスによっても活発に行われ、シェアと拡散を繰り返し増幅され、一方的な「劇場形式」を破壊してしまいました。それに適用するために、広告主のコミュニケーション手法や広告クリエーティブは進化し、デジタルシフトも加速していきました。
ある意味で、キャンペーンのリーチ&フリーケンシーモデルが崩壊し、消費者との「共感・共創をつくりだすための形式」に重きが置かれています。これが「見る」から「体験」へ転換した理由です。
イチローとウッズはメディアにとってのキラーコンテンツ
ところで、平成時代のスポーツの思い出とは皆さんにとって何だったのでしょうか? 私にとっては忘れられない出来事が最後の最後になって起きました。それは、メジャーリーグのイチロー選手の引退と、プロゴルフのタイガー・ウッズ選手の復活です。これらはメディアにとってのキラーコンテンツであり、広告業界にとってのビジネスチャンスでもありました。
両者が歩んできたアスリートとしての人生は明暗が分かれており、エピソードも対照的。イチロー選手は「英雄の勇退」であり、タイガー選手は「挫折からの復活」でした。ところが、広告戦略の観点でいうと共通点があるのです。それはデビュー当時から現在に至るまで、スポンサーを続ける広告主がいるということです。前者でいうとオリックス、後者でいうとNIKEが筆頭に挙げられます。
具体的な事例をご紹介します。イチロー選手の凱旋帰国の前後に、雑誌「Sports Graphic Number」は初の試みとして3号連続のイチロー特集を組みました。ところが、3月21日が引退試合になるという予期せぬ出来事が起きました。そうして、3号目の発売を4月11日に迎えます。
私が本誌を開いて驚いたのは、そこにはオリックスを初めとしてこれまでイチロー選手を応援してきた各企業が出稿を連ねたのみならず、同選手とのエピソードや想いを込めた特別な広告クリエーティブを掲載していたからです。同業で働く身としてはそれが、いかに難度の高いことだったか想像ができますが、それを超えて一読者として大きな感動を覚えました。この号の販売部数も記録的だったそうです。
一方、タイガー選手が14年ぶりにマスターズを制した今年4月14日。それを受けて、ナイキは試合直後に動画広告「Tiger Woods: Same Dream」をYouTube公式チャンネルにアップしました。低迷していた同選手のスポンサーを各企業が打ち切る一方で、ナイキは1996年からスポンサーであり続けてきました。今回の復活勝利で、この動画は2600万再生を突破。NIKEの株価は上昇、宣伝効果は25億円にも上ると言われています。
もちろん、「It’s Crazy(信じられない)」というコピーで始まるこのクリエーティブ(制作はこちらも長いお付き合いの、ワイデン+ケネディー)が素晴らしかったのは言うまでもありません。
事実に即しながらもドラマティックな広告が熱狂をつくる
ある研究機関の発表によると、日本人の1日当たりのメディア可処分時間は約400分。そして、朝起きてから寝るまでの間に接触する広告素材は約4000といわれています。その半分くらいはインターネット経由でデリバリーされているそうです。
しかし残念ながら、インターネットにおける広告はその存在感を増す一方で、消費者にとっては忌避される存在にもなっています。ある意味で『熱狂』とは真逆のポジションです。
ここで繰り返すのですが、広告業界は「熱狂」をつくり続けることができるのでしょうか?その答えは簡単ではありません。広告に求められるストーリーテリングが単に上滑りな言葉でなく、よりリアルや事実に即していてドラマティックでなければなりません。さらに、単にシェア・オブ・ヴォイスを求めるのではなく、「共感・共創」をもとにタイムシェアとマインドシェアを上げるべきだと思います。
そうした意味では、今回の東京五輪は格好の場。数々のドラマティックな競技が繰り広げられる中で、私たちが体験したいのは「アスリートを後ろから支える企業、アスリートと寄り添う広告」なのです。そう期待すると、メディア人の端くれとしても気持ちが引き締まりますし、2020年が楽しみでなりません。