「インサイトが教える、ヒットと失敗の5つの法則」〜その4「メンタルアベイラビリティ」編

「セグメントが当然」という思考から抜けだそう

「メンタルアベイラビリティ」について、まず確認しておきましょう。
メンタルアベイラビリティは、マーケティング研究者であるバイロン・シャープの著書『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』に登場するキーワードです。本書内での第5の法則にあたる「フィジカルアベイラビリティ」も同様です。

メンタルアベイラビリティとは端的に言うと、消費者のブランド想起の高さです。ブランドの「認知率」と「選好性(preference)」を高めることで、ブランド想起を高めることができます。選好性とは、単なる好みということではなく、実際の行動としてそのブランドが「選ばれる」率を指しています。ですので、選好性が高いブランドとは、選ばれる確率が高いことを意味します。

従って、メンタルアベイラビリティは「知られていて、選ばれる」のですから、高い方が低い方より良い、ということには誰も異論がないでしょう。少なくとも、ヒットのためには、高い方が良いことに間違いはありません。

しかし、この中で「選好性」については、「高める」ではなく、そこに逆行していることが往々にしてあるのです。それが失敗の法則で挙げた「一部のセグメントされた顧客のみに選好性を高める」ことです。
ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)の事例で説明しましょう。

※参考:「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力」(森岡毅・今西聖貴著)

2001年にオープンしたUSJは、「ハリウッド映画のテーマパーク」というコンセプトに基づいて運営されていました。このコンセプトは、日本国内における最大の競合である東京ディズニーランド(TDL)との明確な差別化がありました。

しかし、このコンセプトには大きな弱点がありました。それは、「映画に関心のある人、好意的な人」にしか響かないことを意味しているのです。そしてその映画の世界もハリウッド系の作品ばかりです。
それは、限定したパイだけを相手にすることになります。その結果、当初のUSJは若い女性が顧客層の中心で、TDLと比較するとファミリー層に弱いことが決定的なウィークポイントになっていたのです。

よく知られている通り、2010年に入社した森岡毅氏のチームは、USJを新たに「世界最高のエンターテインメントを集めたセレクトショップ」というコンセプトに転換しました。グローバルな映画作品にこだわらず、アニメやマンガも取り込んだアトラクションを導入し、ファミリー層を意識したゾーニング、サービスの導入も進められました。

それらの戦略が徹底された結果、入客数は大幅に伸び、一時は大きな差を付けられていたTDLを、単月の集客数で上回るまでの成功を収めたのです。

これは「選好性」を高めるために、「市場全体」を見据えたコンセプトの転換が寄与した典型的なケースと言えるでしょう。市場の一部でしかない「セグメントされた顧客層」だけにこだわっていては、このようなブレイクスルーは得られません。

セグメント化は、市場全体から見た場合と比較すると選好性の幅を狭め、購買者が拡がる可能性を閉ざしてしまうのです。十分な認知を獲得し、選好性を「一部の層に限定せず市場全体で」高めることが、ヒットの条件なのです。

次ページ 「市場全体で共感性の高いインサイトを見つけることで、選好性は高まる」へ続く

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大松 孝弘(株式会社デコム 代表取締役)
大松 孝弘(株式会社デコム 代表取締役)

大手広告会社を経て、2002年デコムを創業。2006年に日本初のインサイトリサーチに関する書籍「図解やさしくわかるイ ンサイトマーケティング」を上梓する。株式会社デコムは、設立以来、一貫してインサイトリサーチによるアイデア開発を提供。近著に『「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~』など。

大松 孝弘(株式会社デコム 代表取締役)

大手広告会社を経て、2002年デコムを創業。2006年に日本初のインサイトリサーチに関する書籍「図解やさしくわかるイ ンサイトマーケティング」を上梓する。株式会社デコムは、設立以来、一貫してインサイトリサーチによるアイデア開発を提供。近著に『「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~』など。

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