ティーンエイジャーのほうが僕より偉いと思っている
坂井:初めてお会いしたのは、山口さんがIBMにいらした頃ですね。ダイバーシティをテーマで話を聞くなら山口さんが最適と聞いて。
山口:IBMは、ダイバーシティをすごく推進している会社で、人材を多様にして生産性を上げていこうとしています。その前に在籍していたヤフーでも、私は1対1で部下の話を聞く1on1ミーティングを続けていて、いろんな背景とかキャリア観を持つ人たちを支援して、一人ひとりが持っている力を発揮できるようにしていました。
坂井:僕は、中国が未来社会のモデルになると思っているから、頻繁に勉強しに行くんですが、女性の社長や副社長が事も無げにいますよね。もはやダイバーシティという言葉自体が必要ないような感じです。
山口:日本だと女性の抜擢は、わかりやすい組織のダイバーシティですからね。中国の方と話していると、シンプルに成果を出す、稼ぐことに価値を置いている。強いです。
坂井:中国の企業を見ていると、事業自体もオープンで、社内に資源をとどめずに外に開いているように感じます。
例えば、テンセントが出資している「猫眼娯楽」という映画チケットをオンライン販売している会社があるんですが、日本で言うとチケットぴあみたいなもので、中国のチケット販売の60%が、その会社を通して買われています。どの映画が今買われているかをリアルタイムでディスプレイに出していて、そのデータは分析して販売しています。
山口:得られたデータを使って他の会社と組んで、ビジネスを活性化しているんですね。
坂井:世界のECの4割を占める中国は、さまざまな行動がデータでとれます。個人情報の扱いも日本と異なりますし。
山口:扱えるデータがとてつもなく大きくて、しかも既存のシステムが少ないからこそ、中国はいろんなチャレンジが起きやすいんですね。ITで情報が手に入りやすくなってから、「いいビジネスモデル」とずっと言われ続けているのは、チャレンジの数を増やしてその中から学ぶこと。ところが、それを組織のカルチャーとして根付かせて実践できているところって、日本だとなかなか‥…。
坂井:4月にトヨタが、ハイブリッド車の特許を無償開放しましたが、あれはコア技術を他社に渡すことで、ハイブリッド車市場全体を広げていこうとするチャレンジですよね。とはいえ、日本はまだまだ同質文化。クラシックな国だなと思います。
山口:ある意味、幸せな国なんだと思います。ガラパゴスでいても、それなりの市場規模があったから、そのままでよかったけれど、労働人口が減って生産性が上がらないなかで、変わらなきゃいけません。日本でもベンチャー企業の若者と話すとワクワクします。いろいろなことにチャレンジをされている方を応援できるようにしたいし、パナソニックのような100年企業も変わっていくチャレンジが必要だと感じています。
坂井:外から見ているとパナソニックは、変えているなとわかる要素があります。山口さんがいること自体、象徴的ですよ。でもダイバーシティは、甘い話だけじゃなくて、血だらけになることもある。ダイバーシティの導入期は、一旦、生産性も下がるしね。
山口:いま、中途採用も含めていろいろ外からの知見を入れているんですが、カルチャーが入り交じるとやっぱり大変です。お互いに理解できないし。でも、そこを乗り越える中で、一緒に目指すべき「パーパス(存在意義)」をきちんと作れるかどうかが、重要だと思っています。
坂井:そう思います。山口さんは、組織の中でのダイバーシティの定義を、いま、どのように考えていますか。
山口:人として幸せに生きるために、自分らしく選択できるような状態が、ダイバーシティだと思います。人々の価値観や生き方が変わっているにもかかわらず、会社がこれまでの概念や規定ルールにしばられて、アップデートされないと、そのひずみで、いろんな人が困ってしまう。そこをどうやったら変えていけるのか。
もちろん仕組みの問題もありますが、一番はマネジメントのトップが、どれだけ真剣にダイバーシティを実現しようとしているかにかかっています。それぞれの人の生き方をもっと自由にしていくことで生産性を上げていくんだ、大きなパーパスに向かって一緒に頑張っていくんだ、そう心から信じていなければ、絶対に変わらない。働き方改革も一緒で、ただ服装を自由にしようとか、フリーアドレスにしようとか形だけやっても本質ではありません。
坂井:一人ひとりが活躍できるようにして、生産性を上げていくということですよね。僕は外から見ていると、大きい企業って社内のコミュニケーションのコストがものすごく高いような気がします。例えば会議が多すぎる。
山口:そのとおりです。当社も樋口(泰行氏)がカンパニー社長になって働き方やダイバーシティの改革を始めてから、マネジメント会議を半分に減らしました。その代わりITツールを使う。生産性の高い企業なら当たり前にやっているアップデートを、これまで続けてきたやり方にとらわれず、当たり前にやっています。
坂井:企業がデジタルをマーケティングに使ってきたのは、ほんの入り口で、基本的には企業全体、社会全体がデジタライズされているわけですよね。
山口:そうです。だからテクノロジーを自分たちが普段から使って、世の中の変化を追うように、企業も変わっていかなきゃいけない。最初に変わるのはコンシューマー、特に若者です。ただ、コンシューマーと接していない企業は変化に気づきにくいので、世の中に対するセンシティビティをどれだけ持ち続けられるかは、組織のリーダーによって差が出ます。なので、なるべく海外のいろんなマーケターに会うようにしています。
坂井:意外とみんな外に出ていかないですよね。上海なんてたった3時間で着くのに、自分の目で歩いて見に行こうとしないで、メディアが伝えるほんの一部の極端な情報しか知らない。
山口:坂井さんは重鎮なのに、いつも若い人に直接会いに外に出ていかれますよね。「ティーンエイジャーで面白い人がいるんだよ」っておっしゃっていたのを覚えています。
坂井:そう、16歳ね。彼らの方が自分よりも偉い人だと思っているから。年寄りが偉かった時代はもう終わったんですよ。
山口:先輩が若手の相談役になるのではなく、若手が先輩をアドバイスする「リバース・メンタリング」があるように、若い人から世の中の変化を学んで、マインドセットをアップデートしていかなくちゃいけないんですよね。私も自分の子どもやその友達の高校生から、コミュニケーションの仕方だったり情報消費の仕方だったりを聞いて、「え、そうなの?」と思うことがたくさんあります。
坂井:これからは90年代後半以降に生まれたZ世代が出てきます。
山口:楽しみです。ただ超高齢社会の中で、若い世代との世代間格差は、課題になっていくでしょう。いろんなことをやりたい勢いのあるデジタルネイティブの世代と、トラディショナルなビジネスや良質なカルチャーを知っている大人の世代が、近づいていくと一番いいのですが。これって、坂井さんが実際にされていることですね。
坂井:深圳にいる25歳の友人は、700人のKOL(Key Opinion Leader)をサポートする会社を経営していますよ。KOLというのは強力な影響力を持つインフルエンサーで、その人自体が媒体。だから700のメディアを持っているのと同じですね。KOLがライブ配信で商品を紹介したりすると市場が動く。すごい人だと、その人の影響力で1カ月に化粧品が30億円売れたりする。
なぜそんなことができるかというと、中国では、国営放送のテレビはあまり見られていなくて、テレビCMは日本のように機能しないから。ネットやスマホのカルチャーがどんどん強くなっています。
山口:既存の仕組みがないと、新しいものは出てきやすいですね。広告主の立場からすると、メディア取引のスキームや透明性については、日本と世界のギャップを感じています。
WFA(世界広告主連盟)が2014年に出した、主要国のメディア取引の透明性のランキングで、日本は下から2番目でした。私が携わってきたデジタルマーケティングにおいても、広告効果を不正に水増しするアドフラウドが問題視されて、グローバル企業を中心に業界を変えていこうとする動きがあります。メディア取引の分野も、既存のルールにとらわれずに、あるべき姿を探っていくチャレンジが必要なところです。
坂井:何を「世界標準」として目指していくか。アメリカなのか、中国なのか、エストニアなのか。それは時代とともに動いていきます。デジタルがものすごい勢いで浸透して変化の早い今の中国を見ていると、日本が「グローバルスタンダード」にならないことはハッキリしている。中国は、平均所得はまだ低いけれど、数十億のキャッシュを持った若者が山ほどいます。深圳の土地代も銀座並みなので、ボロアパートを持っている、草履をはいたおばちゃんが大金持ちだったり。
山口:私が学生時代にインプットした中国と今ではまったく違う。アップデートされた状態を把握できていないのは、ひとつは自分の目で見にいかなくちゃいけない、というのもありますが、もうひとつはメディアが正しく状況を伝えているのか、ということもありますよね。
坂井:伝えてないですよ。メディアはストーリーとして面白い情報を選んでいますから。だから思考しないままにメディアの情報だけ見ていると、間違った理解のまま、洗脳されてしまう。
山口:一人ひとりのメディアリテラシーをどう高く保つかは、すごく重要です。入ってくる情報が、決してすべてではない、ということをどう見極めるか。そう考えていくと、今度はダイバーシティの大もとにある、どういう人を育てるか、教育のところに関心が行きます。
坂井:自分で考えて何かを作れるようになるには、プログラミングや、デザインシンキングの教育がいります。いま面白い経営者ってプログラマー出身ですよね。
山口:日本でもようやく2020年から小学校でのプログラミング教育が必修化されますが、各国ではだいぶ前から始まっています。「プログラミングの勉強をもっとしたい」と考える子も増えてくるでしょうから、今度は学校の先生の側も、「だったらこういう学校もあるよね」と話ができるようにアップデートしていかないといけない。
坂井:美術大学も、デジタルがわかる先生がいないと、生徒は悲惨です。学校が時代に合わせたアップデートできないなら、親が自分で教えちゃうという考えもありますよね。僕の友達は、自分で家の中にスクールを作って、自分が教えられることは全部教えるやり方をしていました。
山口:ホームスクーリングですね。私は、不登校などで学校以外での学びを選択した親子が、ホームスクーリングを実践しやすくなるようなプロジェクトを個人的にサポートしています。「学校じゃなくてもいいんだよ」「無意味な同質圧力の中で我慢しなくていいんだよ」というメッセージを伝えながら、子どもが興味を持っているものを深掘りしていく支援をしたいと思っています。
続きは、書籍『好奇心とイノベーション』をご覧ください。
山口有希子
パナソニック コネクティッドソリューションズ社 常務 エンタープライズマーケティング本部 本部長
1991年リクルートコスモス入社。その後、シスコシステムズ、ヤフージャパンなどで企業のマーケティングコミュニケーションに従事。日本IBMデジタルコンテンツマーケティング&サービス部長を経て、2017年12月より現職。日本アドバタイザーズ協会 理事 デジタルメディア委員会 委員長。ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS マーケティング・エフェクティブネス部門 審査員。
『好奇心とイノベーション~常識を飛び超える人の考え方』
コンセプター坂井直樹の対談集。
―新しい働き方、新しい生き方、新しい産業の創造。激変する世界を逞しく乗り切るヒントがここにある。
<目次>
■対談1 松岡正剛(編集工学者)
会社からオフィスが消え、街から強盗が消える?
■対談2 猪子寿之(チームラボ代表)
脳を拡張するものに、人間の興味はシフトする
■対談3 陳暁夏代(DIGDOG代表)
中国のサービスを世界が真似る日が来るとは思わなかった
■対談4 成瀬勇輝(連続起業家)
お金が無くなったら生きていけない、と思っていないか?
■対談5 清水亮(ギリア代表)
人工知能を語る前に……そもそも人間の知能って何?
■対談6 山口有希子(パナソニック)
強い組織をつくるには?そろそろ真剣に「ダイバーシティ」と向き合おう
■対談7 中川政七(中川政七商店会長)
300年の老舗が見据える、ものづくりと事業のありかたとは?
■対談8 田中仁(ジンズホールディングス代表)
視界が開け、アイデアがわくようになったきっかけとは?