「コミュニティに貢献するモビリティ」というコンセプト
前田:プロジェクトには必ず目標が存在しますが、ここまでのお話をいったんまとめると、「モビリティを通じて、街やコミュニティや人々の生活に新しい移動価値を提供する」、「モビリティカンパニーとして、人々の生活や街に溶け込むモビリティを開発する」ということが大きな目標になるでしょうか。
それと、プ譜に書き起こすにあたって大事なのが、目標と勝利条件(その目標がどうなっていたら成功と呼べるかという判断基準・評価指標のこと)です。Frogにおいてはどんな勝利条件を設定されたんでしょうか?
永田:成功という意味で言うと、Frogが多くの街で普及しているということが最終的なゴールかと思いますが、その手前でいくと、実証実験レベルではなく、街にこういうモビリティの需要が広がって、人が自由に、気軽に乗り降りして、移動できている社会が実現できている、ということになると思います。
前田:人が楽しく会話し、気軽に乗り降りして移動できていれば、成功と言えるということですね。この勝利条件に向かうにあたって、スケジュールやメンバーなど、今回のプロジェクトを取り巻く条件や環境はどのようなものだったでしょうか?プロジェクトでは、どこまでを自分たちの主要メンバーと捉えるかも、プロジェクトの進みを左右する大きな要因になるのですが。
永田:社内メンバーとしては、未来プロジェクト室のメンバーと、社内のタスクフォースチームのような感じで、デザインと技術開発担当者がいました。社外メンバーだとフューチャーセッションズさん、issue+designさんがいます。地域に根差して、地域の課題を吸い上げて、それをどうフィットさせて、という地域を巻き込んだ企画プロセスの経験値が少なかったので、今回のプロジェクトではこういうことをやっていきたいという思いがすごく強く、お声掛けさせて頂きました。
最上:フューチャーセッションズとしては、永田さんの「Frogで地域の人たちが持っている課題を解決したい」という想いに対して、具体的に地域の人たちをメンバーに招き入れる活動を行いました。
企業だけでなく地域の方も行政の方も含めて、みんなで一緒に地域や社会をより良くするための課題を発見して、解決するためのアイデアを出していく、というプロセスを経ていったんですが、そういう意味では、このプロジェクトは、地域や行政の方たちもプロジェクトメンバーに入っていると思います。
渋谷区のまちづくり課、公園課の担当者の方はものすごいスピードで動いてくれましたし、ササハタハツプロジェクト(渋谷区笹塚、幡ヶ谷、初台の3エリアが、1つの地域として街の暮らしや未来について考え、実践していこうというプロジェクト)の緑道チームの方たちも積極的に参加してくれました。
前田:先ほど永田さんから出た「小さくクイックに」という姿勢・指針は、プロトタイプをつくっていく上で重要なポイントになっていると感じました。ビジネスモデルについては、プロジェクトを進めながら色々な可能性を模索していくと。こうしたプロジェクトを進めるためのリソースや条件と、プロジェクトの勝利条件の間に、どのように橋をかけていくか。
どんなプロセスを描いていくかが大事なわけですが、うまくいっているプロジェクトは、勝利条件を果たすために、社員が、製品の機能や仕様が、ユーザーや顧客などが、どのようになっているべきかという「あるべき状態」の定義がちゃんとできていて、それをプロジェクトメンバーやステークホルダーと共有できています。このあるべき状態のことをプ譜では中間目的と呼んでいるのですが、Frogのプロジェクトでは、どのような中間目的を設定されたんでしょうか?
永田:18年度の活動は、そもそもこういったモビリティのニーズがあるんだろうか、というコンセプトの確認を行いました。コンセプトの確認と一口に言っても、Frogを街中で走らせるためには渋谷区といった行政、警察などステークホルダーが多く、色々とクリアしなければいけないことがありました。
そこで、まずは地域のイベントで走らせてみて、そこに集まってくる地域の方々に乗っていただき、Frogが受け入れられるか。乗りたいと思えるか、乗ってみてどうかといった反応を見ました。
前田:Frogというモビリティが受け入れられる、というのは具体的に、Frogに乗っている人がどのような状態になっていれば良いんでしょうか?
永田:気軽に乗れるということを目指しているのですが、18年度に行った試乗体験は、場所がらファミリー層が多かったこともあったので、19年度は多くの年代の方に乗って頂き、知らない人同士でも相乗りできるのかなどの検証ステップも増やしたいと思っています。
知らない人同士でもコミュニケーションが生まれるような、ムービング・ソーシャル・プラットフォーム、相乗り式低速モビリティというコンセプトを大事にしていて、そこを改めて検証したいです。
前田:気楽さには見知らぬ人同士でも乗れるというソフト面と、機体の制限といったハード面もあると思うのですが…
永田:形状や大きさの問題はあります。サイズを大きくすれば多くの人が乗れますが、そうすると走るための道幅が必要です。でもそんな道幅の広い道は都内には少なく、広くない道でFrogを走らせると迷惑になってしまって、それは本末転倒です。
前田:つまり、Frogが街に溶け込むうえで、Frogが街中を走ることのできる環境が整っていないといけないということですね。
永田:はい。トヨタとして街で走らせる以上、安全対策は必要不可欠になりますが、それをゼロから部品をつくって組み立てて・・・というふうにクリアするには時間とお金がかかるので、ちょっとした工夫で解決できるように、プロジェクトメンバーにデザイナーや技術開発者に協力してもらっているということがあります。使用する部品も、既存の足回りで使えるものがないか探して、たとえばグループ会社が作っている電動車いすの部品を使うなどして、コストを抑えてつくっています。
前田:ということは、まだまだFrogのデザインも仕様も変わっていく可能性がある?
永田:この形状やUXが正解とはまったく思っていなくて、変わっていく可能性はおおいにあります。老人でも乗りやすいよう段差を減らして低床化したいとも考えていますし、街の環境や特性によっても色はもちろん使われ方が変わると思います。ビジネス街での使われ方と住宅地での使われ方はぜんぜん違うよね、と。
前田:品川駅から港南口に続く長い道で、Frogに乗って数分のエクストリームMTGというスタイルが出てくるかも知れないですよね(笑)。まず人にFrogの見た目からFrogに乗ることで得られる体験を受け入れてもらうことがあって、次に、勝利条件として存在する「街に溶け込む」ために、街に受け入れられる必要があると思いますがいかがでしょうか?
最上:昨年は渋谷区初台緑道で試乗体験のイベントを行ったんですが、本来であれば送客・移動手段として駅の近くで乗ってもらい、購買へつなげたかったんです。でも駅前は自転車があって危ないということで、実現できませんでした。その状況を踏まえて、駅から離れた試乗となると、Frogに乗ってもらうための集客をしなければならず、そうするとイベントっぽくなってしまうわけです。
前田:そうなると強制的に乗せさせるという感じになって、目指している方向性とズレてきてしまうわけですね。
最上:そうです。自然な、気楽な相乗り、自由な乗り降りということにならない。となると、法の影響を受けない立地で走らせることを考えよう、という動きも出てきます。
永田:19年度は街に受け入れられるか、街に溶け込むことができるかということの検証を本格的に行っていきたいと考えています。
最上:この街に溶け込むモビリティというコンセプトを実現していくにあたって、サポートサイドとして重視していたことがあります。それは、地域、行政、企業の三セクターが入って対話をするというところがつくりあげられないと、街に溶け込むとはどういうことなのかを考えることはできないんじゃないかということです。
前田:フューチャーセッションズさんの得意とする領域ですね。
最上:永田さんのお話にもあったように、Frogを街中でポンと走らせるには色々なステークホルダーがいます。そうして関わる人々をプロジェクトに招き入れ、一緒になって活動していかないと真の意味で街に受け入れられないと考えたんです。ただ、そうした人々が入ってくると、行政なら前例の無いことを増やしたくないといったことや、警察なら事故が起きないようにしたいといった、それぞれの思惑が出てきます。
それぞれに正しいと信じていることがあって、そうしたものについて対話を通じて出しあって進めていくということを、このプロジェクトではとても大事にしていました。このプロジェクトは関わる人々の多様さが大きな特徴ですが、多様なメンバーを「巻き込む」のと「招き入れる」のは違います。巻き込むというのは自分都合の意思決定をすることですが、今回のプロジェクトは、そうした都合や思惑を超えて進んでいきました。
永田:トヨタとしては、これまで販売店さんを通じたトヨタユーザーとのつながりはあっても、一般の生活者の方々はもちろん、行政の方との接点が薄く、どう振る舞っていいかわからないなか、街づくりやコミュニティにモビリティを通じて価値を提供するには、もっと非クルマユーザー以外の人々のなかに踏み込んでいかないといけないんだと痛感しました。
最上:そういう意味で、トヨタが渋谷区の一つの地域の、一人の住民の声を真摯に聞いていることって、すごいことですよね。そういう姿勢・振る舞いがあったからこそ、多様な人々の対話を通じて、「誰のためにものづくりをしているんだっけ。誰のためにがんばっているんだっけ」ということを考え抜けたんだと思います。
前田:今回のお話を「プ譜」にまとめると、このようになるでしょうか。今まさにプロジェクトの目標に向かって進んでおられる中、19年度はどのようにこのプロジェクトを進めていこうとお考えですか?
永田:このプロジェクトはまだトヨタに閉じている段階なので、今後いっしょに進められる領域があれば、他の企業と組んでいきたいと考えています。またFrogそのもののデザインや使われ方も、ファミリー層だけでなく、若い人やお年寄り、ビジネスマンなど幅広い人たちに載ってもらう工夫やアップデートをしたり、色々な街で検証していく予定です。
前田:私たちが持っている、モビリティとは、A地点からB地点へいかに早く、安く、大量にヒト・モノを移動させるかという概念が変わるようなプロジェクトになる予感がします。ここから先の動きに引き続き注目していきたいと思います。
永田 昌里
2005年コスモ石油㈱入社
特約店営業及び産業向け燃料(船舶・航空用)営業を主に担当
2015年トヨタ自動車㈱入社
現・事業業務部商品企画室に配属、車種コンセプト及び商品ラインナップ企画を担当。
2017年に未来プロジェクト室に異動。トヨタの直轄組織として、東京・表参道に単独オフィスを構え、
「人々の移動総量を増やすために、世の中の一歩先を創っていく」ことをミッションに活動中。
前田 考歩氏
株式会社フレイ・スリー
プロデューサー
書籍案内
『予定通り進まないプロジェクトの進め方』
ルーティンではない、すなわち「予定通り進まない」すべての仕事は、プロジェクトであると言うことができます。本書では、それを「管理」するのではなく「編集」するスキルを身につけることによって、成功に導く方法を解き明かします。
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