工芸と工業が混じりあったところにある、心地よさ
坂井:中川政七商店さんは、伝統のある会社ながら今もメディアで頻繁に取り上げられています。その理由はなんだと思われますか?
中川:かつては工芸メーカーのコンサルティング事業が注目されていたので、外からの見え方は、「立て直している会社」だったのですが、最近は、「ビジョンに基づく経営が上手く行っている会社」という視点で取材を受けることが増えました。
坂井:ビジョンドリブン経営ですか。
中川:はい。商品コンセプトや、ブランドコンセプトのエッジが効いていて、売れている企業でも、その上にある「会社のビジョンって何か?」といったら、生活者はもう思い出せないんです。よく読むとビジョンにいいことは書いてあるんですけれど、商品やブランドに結び付いていないことが多い。ビジョンとすべての事業がつながっていること。これはとても大切です。さらにはビジョンに立ち返ることで、いろんな事業アイデアも生まれてくるはずです。
会社のビジョンに必要なものは3つあります。1つ目はパッション。そもそもパッションがないとビジョンは生まれません。2つ目はロジック。ビジョンがあっても、事業につながるようにきれいに体系立っていないといけない。一方で商売だから、勝たなくてはいけません。ですから3つ目はストラテジーです。3つそろわないと、いいビジョンを掲げたところで、ワークしません。言っているだけで、やっていることが違う、という話になります。
おかげさまで僕らが事業を継続してこられた最大の理由は、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが定まっていることと、そこに向けて愚直にやって来たことだと思うんですね。逆にビジョンに繋がらないことは、基本的にはやりません。
坂井:中川さんのお店には暮らしに合わせてアップデートされた商品がいっぱいあると思いますけれど、工芸品って、いまだに国によって色とか形とか、共通するイメージもあるように思います。中国の工芸品だったら、赤とか金とか、龍みたいな文字しか出てこなくて、急にお土産屋っぽくなったりして。一方で、京都のようなエリアのブランドの展開もありますね。京野菜とか、京あめとか。何でも「京」をつけるのは、僕はインチキっぽい気がしてしょうがないのだけれど。
中川:日本だと、京都や銀座のようなところは、場所としてのブランドイメージができあがっています。僕らは奈良なので、奈良と京都って並べられることが多いです、東京からは。ところが関西では、並べられることすらない。僕らは京都みたいになりたいわけではないですし、そもそも差が開きすぎているのです。京都はクローズドな文化で、お座敷のような秘めたることに対する良さがあると思います。対して、奈良は、都があった飛鳥時代のような頃から育ってきたおおらかでオープンな文化だったと思うんです。現在だけ見ていると、あまり感じとりにくいですけれど。奈良はオープンな文化を広げていけるといい。
坂井:京都に行くと、建物が建ちすぎて、ごみごみしているのが気になります。町家がカフェになったりして。街が壊れていく方向です。
中川:奈良も群で街がしっかり残っているというのは少なくて点在しています。
坂井:京都が開発されつくしてきた中で、中川さんのような奈良を象徴している会社が、注目を浴びるようになった印象を僕は抱いています。中川さんの会社を通して奈良を見ているようなところが、あるんじゃないかと。
中川:自分たちでは意識してないですが、「奈良発」を打ち出して、東京で商売しているところは、あまりないですから。
坂井:街を象徴する会社、というのは、古くからずっとあって変わらないことではなくて、大自然の中に、一部人工的なものが入ることによって親しみやすくなるリゾート地のように、手を加えながら、ということなのですが。タイ・プーケット島のホテル、アマンプリなんかもそうです。
中川:小さい規模でいうと、東洋文化研究家のアレックス・カーさんがされている、古民家再生の取り組みも、古くからあるものを活かそうとしています。
坂井:そうですね。古民家や旅館、カフェなんかが連結していくと街が面白くなるでしょうね、
中川:僕らが思ういい店、いい宿が増えて行くようになると、街らしさを形作っていくと思います。ただ、それにはまだまだ密度が足りない。
坂井:伝統とか工芸とかも、昔のままが素敵なのかといったら、そうでもないですからね。
中川:そう思います。何を残して何を変えるのか、その選択に正解はないと思うんです。自分がどちらの方を正しいと思うか。美しいと思うか。その価値観こそがブランドそのものであって、それが結果的に支持されるか支持されないかはあるにせよ、価値観に優劣はありません。ただ、僕みたいにそこに暮らしている人間が思う「いい店」が増えてくれたらもちろん嬉しいですし、それが結果、人を呼ぶことになるんじゃないかなと思います。自分たちの生活を起点に、どうやったら楽しい「いい街」になるかを考えてったら、結果、観光客がついてくると考えています。
坂井:プロダクトデザイナーの柳宗理さんは、民芸運動の指導者だったお父さんの影響で、民芸家具を作っていた時期があったと聞きます。民芸と工芸はすこし違うけれど、柳さんが活躍したころは、工業と工芸が入り混じった時代だったなと。
中川:入り混じったところに、未来のものづくりがあるのではないかとも思っています。先日、プロダクトデザイナーの鈴木啓太さんがデザインした「THE」のカトラリー(8月発売予定)見た時に、「工芸っぽい」と感じたんです。昔って当然、職人さんが手でカトラリーを作っているから、それらしい形がありましたが、工業としてつくるようになってから、板材をプレスで抜いたあと、ちょっと曲げたりしてカトラリーが作られるようになります。
だから、「板であること」に慣れすぎているのですけれど、鈴木さんのカトラリーは、板ではない。高精度な3Dプリンターを駆使してデザインを作っているから、技術進化の先にあるわけですが、出てきたものを見てみると、工芸っぽい。細かい仕上げは人手が入っています。一周回って、結果、人の手仕事に近づいている。工芸的なものづくりと工業的なものづくりが混ざって、心地良いと思えたんですよね。未来のものづくりを示唆しているような気がしました。鈴木さんの作品からは常にそういう香りがしますね。
坂井:新しい技術がなかったら、生み出されなかったものですね。プロダクトデザイナーのマーク・ニューソンが作った曲線の美しい木製の椅子で、板を折り曲げることで作ったものがあります。工芸的ですが、工業製品です。でも50年前にはできなかったはずなんです。彼のいたシドニーには、サーフボードのメーカーが結構多くて、メーカーが木を完璧に曲げて固定する技術を作って来たから独特の形の椅子が生まれました。
中川:まさにそういうことです。進化した技術によって、工芸的なものと工業的なものが混ざり合う。
坂井:クリエイターの側にも模索がありますね。古いものと新しいものを融合させて創っている人の割合はどのくらい?
中川:古いものをやっている人は、新しいものには興味を示しません。むしろ新しいものをやっている人が伝統を取り入れる、という方が多い。僕らは、工芸の現場を見て、この部分は割と機械化されている、ここはまだ人がやっているという濃淡を見るようにしています。
坂井:フランス人って日本の工芸みたいなものが好きですよね。
中川:当社のウェブメディア「さんち~工芸と探訪~」で連載してもらった、フランス人アーティストのフィリップ・ワイズベッカーさんには、郷土玩具のつくり手を訪ねて日本を回ってもらい、エッセイとイラストを描いてもらって本もつくったんです。日本は手仕事がまた残っている方だから面白いと言っていましたね。もちろん彼が郷土玩具を全部いいと言うかといえば、そうでもなくて、まったく興味がないものもある。結局、手仕事だからいいのではなくて、手仕事にいいものがあるということなんですよね。
続きは、書籍『好奇心とイノベーション』をご覧ください。
中川政七
中川政七商店 代表取締役会長/奈良クラブ 代表取締役社長
1974年奈良県生まれ。京都大学法学部卒業後、2002年に中川政七商店に入社し、2008年代表取締役社長に就任。業界初のSPAモデルを構築。「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」など、工芸品をベースにした雑貨の自社ブランドを確立し、全国に55店舗の直営店を展開。また、2009年より業界特化型の経営コンサルティング事業を開始し、日本各地の企業の経営再建に尽力。2016年11月、同社創業300周年を機に十三代中川政七を襲名。2017年には全国の工芸産地の存続を目的に「産地の一番星」が集う「日本工芸産地協会」を発足させる。2018年より会長職。同年、サッカークラブの「奈良クラブ」の社長に就任。
『好奇心とイノベーション~常識を飛び超える人の考え方』
コンセプター坂井直樹の対談集。
―新しい働き方、新しい生き方、新しい産業の創造。激変する世界を逞しく乗り切るヒントがここにある。
<目次>
■対談1 松岡正剛(編集工学者)
会社からオフィスが消え、街から強盗が消える?
■対談2 猪子寿之(チームラボ代表)
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