成功事例を抽象化すれば、勝ちパターンが見えてくる
ではここで、抽象化を実践してみたいと思います。若い人がよく使う「ヤバイ!」という言葉を抽象化してみましょう。
まずは「ヤバイ!」の使われ方を観察してみてください。「この焼肉、ヤバイよね!」とか、「今度来た上司、ヤバくない?」とか、「明日ゴルフだけど、天気がヤバそう」等々、いろいろな使われ方がされていると思います。
「ヤバイ!」の本質を理解するために、まずは可能な限り「ヤバイ!」の使用例をバリエーション豊富に洗い出し、解像度を高めてください。そのうちに、すべての「ヤバイ!」に共通する何かが見えてくるはずです。その本質としておりてきたものを、別の言葉で説明しなおします。その時に、伝える相手のことを理解して、わかりやすい言葉で説明すると「言語化」ができるわけです。
ここでは、私が考える「ヤバイ!」の本質を図にしてみました。喜怒哀楽という感情の軸が上下左右にあり、それぞれに「期待値の輪」があります。この輪を超えなければ「ヤバくない」けれど、輪を超えると、喜怒哀楽どれも「ヤバイ!」となる。
ここでは図で表現しましたが、抽象化した概念というものは、言葉の形をとらないことも多いです。たとえば、相対性理論は数式で表現されますよね。「言語化する」とは、こうした図や数式で抽象化された概念を、伝える相手にわかりやすいように言葉で表現することかなと思います。
もう一つの事例を紹介します。「ノート」というブログサービスで30日間日記をつけて、どのような記事が拡散され、どのような記事の反応が悪かったか、つぶさに観察してみたことがあります。バズる、話題になるための本質を理解するため、つまりバズるを抽象化するためです。まず、バズらなかったものです。これは世の中を切る新しい視点だと、自信満々で書いた記事はあまりバズりませんでした。
では、反響が大きかったのはどういう記事でしょうか。私はこの2月にアウディからヤフーに転職しました。その時に、たくさんの方にいただいた「お疲れ様メール」について書きました。
頂いたメールは3パターンにわけられました。
①「お疲れ様でした。後任の方を紹介してください」。
②「お疲れ様でした。次は何をされるのですか。今後も井上さんとお仕事がしたいです」。
③「お疲れ様でした。とにかく1回酒を飲みましょう」。
①のメールはちょっと寂しい気持ちになりましたが、②はちょっとうれしかった。③のメールにはグッときました。③のメールをくださった方のほとんどは、社長さんや役員の方でした。営業も上級レベルになると、こんな風に人間として見てくれているのだなと思いました。実際に今もお付き合いがあるのは、③のメールを送ってくださった方々です。そんなことを書いたら、非常に反響が良かったわけです。
このように反響が良かった記事を並べて、共通点を抜き出してみる。すると、次の4つのエッセンスが見えてきました。なるほど井上はそういう体験をしたのかという①ストーリーがある。そして、その気持ちわかるわ~と②共感できる。そういえば、自分もこういう経験をしたなと③自分の過去を追体験できる。そして、なるほどそういうことかと④そこに学びの光があたる。
このように抽象化することの最大のメリットは、出てきたエッセンスを学びに変えられることです。
この「バズる」を抽象化した文脈にそって広告マーケティングを行えば、その広告は拡散されるはずです。抽象化することで、再現性が生まれます。人の気持ちを動かしている広告マーケティングをたくさん並べて、その本質を抜き出す。人の気持ちを動かすクリエイティブを抽象化する。それを使って新しい企画を考えて、クライアントの立場になってわかりやすく言語化する。そうすれば、企画の精度が高くなり、コンペの勝率が上がるのではないでしょうか。
【書籍案内】
『たとえる力で人生は変わる』 井上大輔著(好評発売中)
「たとえる力」があれば、様々な事柄の大事な部分を抽象化し、状況などを身近なものに置き換えて理解を促すことで、共通の知識がなくても、円滑な相互理解が可能になります。本書では5つのステップと練習問題で、誰もが「たとえる力」を伸ばすことのできるメソッドを紹介します。
井上大輔
ヤフー株式会社 メディアカンパニー
マーケティングソリューションズ統括本部 マーケティング本部長
アウディジャパン デジタル&CRMマネージャー ニュージーランド航空にてオンラインセールス部長、ユニリーバにてeコマース&デジタルマーケティングマネージャー、アウディジャパンにてメディア&クリエイティブマネージャーを経て2019年2月より現職。Advertimesにて「マーケティングを別名保存する」、週刊東洋経済にて「マーケティング神話の崩壊」執筆中。NewsPicksアカデミア プロフェッサー。著書に『デジタルマーケティングの実務ガイド』(宣伝会議)