テクノロジーの実装は「何を」よりも「いつ」が重要
室井:僕は7年前に博報堂から独立して、ブランド戦略支援の会社をやっています。
4年前からは中国広州でトヨタ自動車の次世代ディーラー開発の支援をさせて頂いていました。物がどんどんインターネットにつながる時代になると、車体デザインやエンジンよりも、どういうネットワークにつながって、どういうデータを蓄積して、それでどういう行動を起こすかという、「脳」の部分が重要になります。その時代に、自動車メーカーはもちろん、どんなメーカーも生き残るには「モノ」の価値ではなく、「モノを含めたサービス全体」をどう価値にするのかという視点が重要になると思うようになりました。
昨年末に『すべての企業はサービス業になる』という本を書きました。その中でシェアリングエコノミーに触れているのですが、キッチハイクのサービスデザインって面白いなと思って取り上げました。
そしたらある日突然、山本さんからメッセンジャーが来て。
山本:いやあ、断りもなく本に取り上げていたのでね(笑)。
室井:(笑)。話してみると、山本さんが博報堂の後輩だったことがわかったんです。じゃあ一緒にイベントをやりますかということでこのトークショーが実現しました。
今は産業自体が大きな変革期を迎えています。先ほどのトヨタを例に言えば、これまでのように、いいエンジンを作ろうとか、いい燃費の車をつくろうという発想ではその変革についていけない。生き残るにはサービス業にならなければいけない。
では、どういうサービス業になればいいのか。まず未来像を描くことです。それが何年後に実現するかわからない未来像でも、そこをめざして進んでいくことが重要です。
山本:まさにキッチハイクがそうです。キッチハイクは、アプリを通して、食べるのが好きな人同士を繋げて、食事会をセッティングするアプリです。普段は会えないような人たちと食事をするシーンを提供しています。「みんなで食事をする」という文化が世の中に広まれば、世の中はもっとよくなるし、面白くなるという確信をもって2013年に立ち上げました。
もちろんそんな習慣はありませんから、自分たちが目標とする未来から逆算して考えることをいつも意識していました。どうすればマーケットに合うサービスデザインになるのか、体を張って学びながらやってきたという感じです。社内のバリューのひとつに「今の改善より未来のプロトタイプ」というものがあるのですが、いま室井さんが話されたことはまさにそれかなと思いながら聞いていました。
室井:最近は研究者やテクノロジストのメディア露出が増えて、いろいろな未来社会像が発表されていますが、それをそのまま企業が実装していくと、まだ世間にニーズがなかったり、マネタイズできなかったりするようなことが起こります。サービスデザインは、テクノロジー主導の世論を俯瞰して、それを「いつやるか」を冷静に判断することが重要なんです。
山本:それで言うと、キッチハイクは少し早かったかもしれません。スタートアップ、とくにCtoCサービスのスタートアップには変遷があると思うんです。2010年ぐらいまではアイデアベースで起業することが多かったように思いますが、テクノロジーが進化してできることが増えてくると、次にそれが法律をクリアしていて、ちゃんとスケールする事業になりうるのかが重要になりました。
サービスローンチ時でも、成長フェーズごとのピボット時でも、ジャッジポイントが「アイデア→テクノロジー→リーガル」という順番で変遷しているという印象があります。テクノロジーベースならやれることでも、法律的にはいけない。それでリソースや思考回路を突っ込めなくなってきているように、ここ数年感じています。
室井:とくに日本はそうですよね。その点中国は寛容です。国が進化するためなら、多少無理があっても始めます。50%ぐらいの完成度でローンチして、そこからアップデートを重ねて100%近くまでもっていきます。だから中国にはどんどんノウハウやデータがたまるんです。そういう意味で言うと、日本の法規制の厳しさが、どれほど日本企業のチャンスの損失になっているか。グローバル企業でも中国で実証実験をしている企業は多いですよね。
そういうなかで、トヨタ自動車は、自動車メーカーからモビリティサービスカンパニーに変異すると宣言して、アマゾンをはじめ様々なIT企業と組んでそれを実現しようとしています。
これからのメーカーは、物をつくって終わりではなく、他の企業やサービスと接続をして、それを使い続けてもらうサービスモデルを持つ企業になっていかないと生き残っていけません。それが「すべての企業はサービス業になる」という僕の主張なのです。
山本:なるほど、おもしろいですね。