0から1と9から10が人間にしかできない領域
室井:アメリカのアマゾンエコーにはカメラが付いているモデルがあって、それで自分のコーディネートを撮影すると、オススメのスタイリングの提案をしてくれるサービスがあります。コーディネートの写真に写り込んだインテリア等もデータとして吸い上げて、どういう趣味の人物かといったことなど全てデータ化されます。そうしてレコメンド広告の精度を高めていると思われます。
山本:そういったデータからリコメンドをする時に、どれくらいズレをセットできるのかということにすごく興味があります。というのは、昨日の自分の嗜好が明日も明後日も続いて永遠に繰り返していくという前提に弊害があるのではないかと思っているからです。
今日グレーのTシャツを着ていたから、「この人はグレーが好きなんだ。じゃあ、明日もグレーの…」みたいなことが繰り返されるのはつまらないですよね? だから、あえてそこから外したり、ずらしたりすることを、どれくらいやれるのかなと。音楽でいうと、ポリリズムのような。
室井:確かに、そこはまだ人間が提案できる余地なのかもしれないですね。ついこの間、うちのメンバーとスーツを作りに行ったんですけど、自分では絶対に選ばないような赤い蝶ネクタイをスタッフさんに提案されて買ったメンバーがいました。そういう予期しない提案は人でないとできません。
その時にみんなで話したのは、0から1と、9から10はまだまだ人間が価値を発揮できるところで、1から9はAIがやっていくことになるんだろうということでした。赤い蝶ネクタイを提案するのは、9から10の間にあたり、人間にしかできない提案です。そう考えると、今後世の中がオートメーション化していくと、クリエイティビティは一段と貴重になるだろうと思います。
ところで、キッチハイクもユーザーデータを何かしら集めているんですか?
山本:自然と集まっていますね。ユーザーがどういうイベントに参加しているのか、データから傾向を見ることができます。このユーザーさんはビールが好き、羊が好き、海外料理が好き、などですね。
ただし、僕らのサービスは、それこそ9から10のところの予想を超える出来事に出合うということをすごく意識しているサービスなので、集めたデータによるリコメンドからのベストプラクティスと、現場での想像を超えた出会いが食と人の側面である、というような矛盾を両立させながら進めているサービスだという自覚があります。まあ、そういうサービスであり続けたいという思いもありながら、ですけどね。
室井:例えば、僕が肉のイベントにばかり参加していたら、肉好きの僕に肉を売るような物販サービスはやらないんですか?儲かりそうですけど。
山本:しないでしょうね(笑)。キッチハイクは、食材や料理だけを切り取って提供するのではなく、「食と人をめぐる体験」をしているので、肉のイベントならもちろんリコメンドすると思いますけど。
室井:キッチハイクが面白いなと思ったのは、今の肉の話もそうですが、いろいろなシェアリングサービスのプラットフォームと接続できそうだと思ったからです。例えば、食事を作ったり食べたりする場所をシェアしたり、調理器具をシェアしたり、会場に行くまでの移動のシェアリングサービスや宿泊施設と連携したり。どんどん膨らんでいく可能性を持っていますよね。
山本:新しいものがスタートアップから生まれてくるという前提だとすると、1か所にリソースや機能を突っ込むべきだと思うんです。その方が、サービスが尖るし、ユーザーに提供できる価値も高まります。
今のお話は、尖ったサービスを並べて、それをユーザーが横串で使うようなイメージですよね。仮に、トータルの体験を大企業がワンストップで提供しようとした時に、本当にいいものができるかどうかというのは、なかなか難しいと思うんです。
昨年10月に、キッチハイクはサッポロビールと事業提携をして、「HOPPIN’ GARAGE」をリリースしました。「こんなビール、できたらいいな」という空想から世界にひとつだけのオリジナルビールをつくることができて、その特別なビールを仲間とシェアできるサービスです。「個人の想いからビールをつくれる」というサッポロビールが新たに生み出した尖りと、「食コミュニティで集う」というキッチハイクの尖りが見事に接続して、今、参加者やユーザーがどんどん増えています。
なので、室井さんが言われるように、複数の尖ったサービス同士が接続して、時には時代の変遷とともに入れ替わりながら、結果的にトータルでいい体験を提供できている状態が続くことが生活者としてはベストかなと。
僕がキッチハイクをつくるきっかけのひとつになった一節があるんです。人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの研究者である内田樹さんの文章に、「地球上のどの民族も、自分たちのテリトリーに入って来た他者を受け入れるために、一緒に食事をする。そこから交流が始まり、貿易が始まり、共同体が立ち上がり…」みたいなことが載っていたんです。これは面白いなと。
食でつながることで、自分と他者との違いを見出し、新しい自分が立ち上がる。それが食のつながりの価値だと思うんです。キッチハイクの企業理念は「食でつながる暮らしをつくる」です。知らない人同士が食を共にすることで、コミュニケーションが生まれて、つながりが生まれる。そういう現場をつくっています。
室井:なるほど、ソーシャルデザイン的な考え方なんですね。今後はキッチハイクをどんな風にしていこうと考えていますか?
山本:いろいろありますが、最近で言うと「おまかせ機能」のβ版を始めました。イメージで言えば、ユーザーが自分の食の趣味嗜好を自然な形でインプットできて、食べる料理や同席する人など最適な会をセットしてくれます。
室井:それはAIがやるんですか?
山本:ゆくゆくは、そうなるのかもしれませんね。自分でやらなくてもいいところはどんどん自動化して、キッチハイクの最も重要な部分である、食卓を囲む現場のユーザー体験をもっともっと良いものにしたいと思っています。