【前回】「世界で起きるメディア環境の変化を4つの視点で読み解く(前編)」はこちら
放送と通信の垣根は、5G時代にますます薄れていく
前回のコラムでは、パーソナライゼーション時代におけるメディア企業のマーケティングを規定するトレンドとして①コンテンツ、➁顧客体験(CX)、③ディストリビューション、④マネタイズの4つの切り口を提示。そして、その中でも①コンテンツと➁顧客体験(CX)の2つに関して詳述した。2回目は後編として、③ディストリビューション、④マネタイズに関して言及したい。
トレンド③:ディストリビューション
従来の放送波でのコンテンツ配信のみならず、ネットによるビデオ配信という手段での配信が存在感を強めてきている。放送波の場合は、コンテンツが流される時間に視聴しなければならなかったり、コンテンツの合間にCMを視聴しなければならなかったりといった問題があるが、ネットによるビデオ配信の場合は、こうした消費者にとってネガティブな制約が少ない。
また、個人の好みに応じたコンテンツ選択がしやすいというメリットもある。今後5Gが通信のデフォルトとなれば、コンテンツ伝送の能力も飛躍的に向上するため、ますますネットでのビデオ配信の優位性が高まっていく。米大手放送局での取り組みのように放送波とビデオ配信を組み合わせた広告最適化サービスも出現しつつある現在、主流を占める放送波によるコンテンツ配信事業も、手をこまねいてはいられない状況が生まれてくる。
そもそもパーソナライゼーション時代に配信の方法論はどんな意味を持つのだろうか。かつては電波、つまり放送波でコンテンツを送り届けるという意味は、一定の周波数を免許制のもと独占的に割り振られた委託放送事業者である放送局だけが、大量のデータつまりコンテンツを送り届けることができる、ということを意味していた。
しかし、通信インフラの技術的進化が起こり、特に5G時代を迎えると各個人のデバイスに対して放送局と遜色のないデータ量、つまりリッチコンテンツを送ることができるようになる。5Gの導入はこれからだが、この状況を先出しするビジネスモデルが米国では現出している。
vMVPDである。正式にはVirtual Multichannel Video Programming Distributionといわれるビジネスモデルだ。これは放送局のコンテンツをネット上のプラットフォームを活用して見ることができるサービスの総称だ。こうなってくると、もはや放送波であるとか、通信インフラであるとかは意味をなさなくなり、どのコンテンツを、どのデバイスで見るかだけの勝負になる。
奇しくも2019年5月29日にNHKの番組の同時配信が認められる改正放送法が成立した。この動きはNHKの問題にとどまらず、国内では本格的に放送と通信が融合する時代を迎えることを意味し、動画配信を手掛ける新しいプレイヤーにも商機が広がることを示唆するものである。既述のようにほぼ同時に5Gインフラの整備が加速することが予測され、ディストリビューションの革新のみならずVRやARの新技術を巻き込んだ新しいビジネスモデル競争の幕開けをも意味する。
ディストリビューション側のインフラ進化や、大型のM&Aの影響を受けてか、従来のコンテンツホルダー(オーナー)が自前でのコンテンツ配信プラットフォームを用意する動きも加速している。
例えば、大リーグなどのビッグコンテンツを持つMLBはディストリビューターに頼らず、独自に傘下のコンテンツを配信し始めている。こうした動きが示唆することは、コンテンツホルダーと配信が一体になる可能性があるということだ。従来のメディアとコンテンツオーナーのアンバンドリング状態は終焉し、コンテンツオーナーが5Gなどのインフラを活用して独自にコンテンツ配信を行い、そこに新しい課金モデルの在り方が生まれてくることを意味する。
従来のメディア産業はそのコンテンツ制作能力を高めていかないと生き残りさえ厳しくなることを暗示しているのかもしれない。