消費者の隠れた動機を広告に活かしたアーネスト・ディヒター
心理学という点で、米国の広告業界に大きな影響を与えた人物はアーネスト・ディヒターというオーストリアのウィーンから来た若者でした。彼は精神分析を学んだことから、精神分析の大家であるジグムント・フロイトの名前を自己紹介にも使っていたようですが、実際には直接学んだことなどありませんでした。
彼は定性調査、フォーカスグループインタビューといった手法を広告業界にもたらしただけでなく、アイボリー石鹸やクライスラー、ゼネラル・ミルズなどの大手クライアントに対して、消費者インタビューから得た心理学的洞察を提供して一躍有名になりました。
アイボリー石鹸ではディヒターは主婦にデプスインタビューをした結果から、石鹸で体を洗うという行為は汚れを落とすだけでなく、精神的に気持ちを洗い流すという意味があるという発見から、「アイボリー石鹸でフレッシュなスタートをきろう」というコピーを生み出し大成功しました。
彼の主張の根拠になるのは、心理学でいう「消費者は自分の感じていることに意識上では気づいていない」という考えです。彼は、この隠れた動機を調査で発見するやり方を広告業界に広めたのです。
そして彼が発明した調査手法は「モチベーショナル・リサーチ(動機付けの研究Motivational Research)」または「モチベーション・リサーチ(動機研究MR)」と呼ばれ、浸透していきます。ディヒター以外にもこのMRの心理学的手法は米の広告業界に影響を与え、MR研究者の一人であるルイス・チェスキンは煙草ブランドのマルボロが男性向けにリニューアルする際に、男性的なシンボルとして赤い色とシェブロンのデザインを提案したことでも知られています。
広告は心理学的手法で消費者のマインドコントロールをしている?
隠れた動機の研究が進むにつれ、物議を醸しだす事件が起こります。それが、ジェイムズ・ヴィカリーが行ったサブリミナル広告の実験でした。ヴィカリーは1957年にサブリミナル広告の実験で、映画の広告の中にほとんど気付かないほどの長さの「コカ・コーラを飲め」と「ポップコーンを食べろ」というメッセージを差し込み、潜在意識に働きかけることで、それらの売上が伸びたと発表したのでした。
時に政治的には米ソ対立が高まり、マッカーシズムによる共産主義者排除(通称・赤狩り)の時代だっただけに、政府は無意識によるマインドコントロールの可能性を危惧し、このサブリミナル広告は米国だけでなく、英国やその他の国でも禁止されることになりました。
また1957年にはジャーナリストのヴァンス・パッカードが『隠れた説得者(Hidden Persuaders)』を出版し、ヴィカリーのようなサブリミナル広告だけでなく、広告業界が「モチベーション・リサーチの」ような心理学的手法によって、人々を無意識のうちに商品を買うように操作している、という批判をしました。これは大きな影響を及ぼし、多くの広告業界人がこれに反論しました。そしてそのことによって1960年代には急速にモチベーション・リサーチは衰退することになったのです。