ブランドの未来をプロトタイピングする場

実験場として活用する基本ロジック

さて、本連載でたびたび登場する「体験ブランディング」という言葉ですが、私は次のように定義しています。

・心を揺さぶる感動体験で人々とブランドが共感や愛情で結ばれること

前節で述べた、「人々とブランドの関係を根底から変化させる」は、まさに「体験ブランディング」の一つのあり方です。前回、体験ブランディングの対象は、とりわけ、まだブランドにアクセスしたことがない人たち、つまり「ブランドの未来を支えてくれる新しい世代」だと述べました。体験ブランディングのゴールは、「新しい世代の日常生活に、かけがえのないものとしてブランドが存在する状況」となります。

ポップアップストアは、こうした体験ブランディングの“入り口”となります。では、そこで何を行えばよいのでしょうか。

それを説明していくために、まずはたとえ話をひとつ。

スマートフォンでメッセージを送るとき、指で打ち込む人が多いと思います。しかし、それが当たり前だからといって、別のやり方を考えてはいけないというわけではありません。音声で入力する人もいるでしょうし、もしかしたら、脳波を読み取り、テキストへ変換する技術を実現させようとしている方もいるかもしれません。

それに触れた人が、「えっ、考えるだけで文章になるの? スゴイ!!」と感動し、その存在が多くの人に知られ、受け入れられれば、いつしかそれが新しい当たり前になる。「あたり前」というのは、必ずしも普遍的ではないのです。

当連載でくり返し書いてきたのは、「価値や当たり前が変わっていく一方で、製品やサービスが変わらない、なんてありえない」ということです。変わっていく価値やあたり前と、変わらない製品やサービスとのズレが大きくなればなるほど、人々は離れていく。だから、マーケッターは「新しいあたり前」に敏感でなくてはなりません。

「新しいあたり前」と、私たちが提供している価値がバッチリ合えば、ブランドが、新しい世代の日常生活に、かけがえのないものとして存在できます。では、どれくらいギャップがあり、何が受け入れられるのか?それを測るのにうってつけなのが、ポップアップストアなのです。

Lipton Fruits in Tea(リプトン フルーツインティー)」は、紅茶の新たな可能性を提示するポップアップストアとして、2016年に始まりました。目的は、「日常的に紅茶を飲む人を増やす」–これまで述べてきたことを踏まえれば、「新しい世代の日常生活に、かけがえのないものとして紅茶が存在する状況をつくる」ということです。

ターゲットは「新しい世代」–まだ紅茶に(日常的に)アクセスしていない人たちです。考えなければいけないポイントは、その新しい世代に「心を揺さぶる感動体験」を引き起こすための、「紅茶の新しい体験価値」とは何か、ということ。そして、紅茶がかけがえのない存在になるためには、その価値が紅茶独自のものであることが重要です。

そこで発見したのが、「紅茶のアレンジ価値」でした。社会の分化、若者の多様化にも合う、カスタマイズの魅力が紅茶にはある。おいしい、かわいい、見たことのない気分や体調に合わせたアレンジの楽しさは、ソーシャルメディアという自己表現の場でも、価値が広がると考えたわけです。コーヒーや日本茶にはまねのできない「紅茶の新しい楽しみ方」がそこにある。

とはいえ、どれだけ考えを尽くしても、外れるおそれはあります。そこで、ポップアップストアとして、「プロトタイプ(試作品)としてのアレンジによる新しい紅茶の楽しみ方」を提示し、彼らや彼女らがどう反応するかを見てみよう、というわけです。多様なアレンジの中から、シンボリックな体験メニュー「Fruits in Tea」を開発し、タンブラーに入れて街で飲む、というスタイルの提供をポップアップストアで展開をしました。

戦略から企画、開発を経て、店舗の運営にも関わったので、お客さま一人ひとりのリアルな反応をダイレクトに知ることができました。さらに、ソーシャルメディア上で言及された回数や文脈を見ると、提示した価値が「誰かに話したい」「共通の話題にしたい」といったトークバリューや熱量を生み出したことも読み取れました。このようにして話題となると、個人の体験が、友人や家族など周辺の人々に伝わり、最後にはマスメディアや市場を動かす可能性すら出てくるのです。

色とりどりの果物を紅茶に入れ、中身の見えるタンブラーで持ち歩く。そうした紅茶のアレンジの楽しみ方–ひいては、リプトンブランドの未来、世界の紅茶市場の未来–その試作品を提示する場として「Lipton Fruits in Tea」のポップアップストアはスタートしました。それが、今回のタイトル「ブランドの未来をプロトタイピングする場」に込めた意図です。

つまり、冒頭の、体験ブランディングの“入り口”として、何を行うべきか。その答えは、「ブランドの未来の試作品」を提示し、来店者の反応を見ながらブランド戦略をブラッシュアップする、プロトタイピングだ、ということになります。

なぜ、“入り口”なのか? そこでウケればそれでいいのでは? という疑問が浮かんだ方もいるかもしれません。しかし、あくまで“入り口”であり、そこから長い道がつながっていくのです。ここから先は次回以降へ譲ることにしましょう。

<企画のポイント>

①なりたい未来の考察
~ブランドが進むべき未来の方向性を考察する。

②もたらす体験価値の考察
~世の中に問う(売る)ブランド価値を明らかにする。

③ターゲットの考察
~徹底したターゲティングで、シンプルに強い価値体験を考察する。

<実施のポイント>

④体験のデザイン
~ブランドとターゲットが価値を共創できる体験デザインを行う。

⑤情報のデザイン
~局所的な個の体験を拡散させ集団の価値にする情報デザインを行う。

⑥体験の再現性のデザイン
~体験のフォーマット化、物質化を行い、局所的で一過性の体験で終わらないようにする。

<運用のポイント>

⑦一気通貫したディレクション
~戦略→企画制作→実行のプロセスに責任者が最後までディレクションを行う。

⑧全員をハッピーにするサーキュレーションの構築
~(クライアントからスタッフまで)多種多様なチームのベネフィットを生み出すマネージメントを徹底する。

⑨ロングタームにつなげる戦略の構築
~未来に向けた一歩。実施したことを最大の結果として次に活かす。

藤井一成氏(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター))

1968年広島市生まれ。1992年早稲田大学政経学部卒業後、電通国際情報サービスに入社。1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを数多く手掛ける。その後、グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き、「至福の時間をつくる」クリエイティブブティック「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。消費者の“いま”の視点に立ち、ブランドが持つ価値を再編集することで新たなエンゲージメントを築き、ブランドと消費者、社会を次のステージへとポジティブに動かす。「正しいことを楽しく実践して、すべてのステークホルダーを幸せにしたい」という信念のもと、戦略、クリエイティブ、体験デザイン、PR、デジタルなど、360°の視野で構想から実践までを行う。

 

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藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)
藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

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