広告制作会社ティー・ワイ・オーと資本提携し、8月から本格的に活動を開始した。
周りの人たちをインスパイアしていく存在
「AnyProjects」は10年ほど前、共同代表の1人である石川俊祐さんと田中雅人さんが出会ったことに、端を発する。
「田中はデザインイベント『AnyTokyo』を立ち上げ、プロデュースしていたのですが、そもそも当初から展覧会を開催することだけに興味があるのではなく、有名・無名にかかわらず才能ある人を発掘し、新しい価値を生み出す“仕組み”をつくりたいのだと聞いて共感したのが最初のきっかけと記憶しています。私は2013年にイギリスから帰国し、デザイン・ディレクターとしてIDEO Tokyoの立ち上げに従事させていただきましたが、そこで働く中でも日本におけるデザインが表層的に扱われるものになり、誰かのため、何かのためということが置いてけぼりにされていることに疑問を感じていましたから」と、石川さんは振り返る。
AnyProjectsは、形態としては株式会社だが、エージェンシーでもクリエイティブブティックでもなく、カテゴリーを区切られた専門職として呼ばれることを好まない。職能や視座の違いから生じる意味のあるぶつかり合いや摩擦を楽しみ、周りの人たちがそれを刺激に“インスパイア”され、何か行動を起こしたくなるような新しい価値創出モデルに挑んでいる。
コンサルティング的な役割を担うこともあれば、学びの場を創出するために大学の仕事を請けることもあり……と、アウトプットの形は変わるが「より良いことをより日本に広げ、どう浸透させていくか」(石川さん)という思いだけは外さない。他の共同代表者たちも、この思いに共感したメンバーばかりだ。
『Forbes JAPAN』の編集次長・Web編集長などを歴任した九法崇雄さんは、「ビジネスの世界では、『やるべき』とか『こうすれば儲かる』といったことが動機になりがちですが、他のメンバーを見ていて“好きだという感情からドライブされる強さ”を感じました。クライアントの中に眠っている“好きだ”という気持ちを掘り起こし、一緒に育みながら世界に出せるようなビジネスを生み出したい」と言う。
また、外資金融機関を経てスタートアップの経営に数多く携わってきた野田臣吾さんは、「テクノロジーの発達によって起業や新しいプロダクトサービスを作ることが簡単になった時代だからこそ、専門領域を持つ人たちがさまざまな角度から世界トップレベルのクオリティをつぎ込むという気概を持たないと本当の勝負はできないと思います」と語る。
2019年8月、ティー・ワイ・オー(以下TYO)との資本業務提携契約を機に、同社の上席執行役員の高野俊一さんがパートナーとして参画することになった。1982年の創業以降、映像制作を中心とした広告制作事業を展開してきたTYOの映像クリエイティブ力を生かし、従来のような受注生産だけではない、新たなビジネス価値の創造を目指している。
例えば衛星データシステムのスタートアップであるSynspectiveから受託したブランディングムービー制作の案件では、社員を巻き込んで3日間のワークショップを行った。「互いのモチベーションも、生まれてくるもののインパクトの大きさも変わると考えています」と高野さん。アーティスト・イン・レジデンスならぬ、カンパニー・イン・レジデンスとも呼べるような企業との共創モデルを模索し、TYOにもフィードバックしたいと意気込む。
またTYOの支援により、大企業やスタートアップ、クリエイターやデザイナー、アーティストなど、規模や分野の垣根を越えて共創する新オフィス『There』も完成した。空間コンセプトは“美しい散らかり”。日本の従来型ビジネスのように、目標に向かって直線的に向かっていく肩肘張った感じではなく、偶然の出会いやカオス、予測できない即興性などを大事にすることでクリエイティビティを引き出すのが狙いだ。
川上からクライアントと一緒に考える
一方、経営者層と近い距離で仕事ができることが、メンバーのモチベーションにも変化をもたらしている。かつてスイスでヘルツォーク&ド・ムーロンに勤め、建築家として世界の都市デザインのプロジェクトを手がけていた高橋真人さんは、「クライアントがホテルと言えばホテルを、美術館と言えば美術館をつくるしかない職能にいることが歯がゆかった。
AnyProjectsのメンバーと協働すれば、設計フェーズの上流へと越境し『こういうものを建てたいから、こういう環境の土地を探して来てほしい』と提案できるかもしれません。社会に与えるインパクトがより大きくなりますし、設計者にとっては決定的なブレイクスルーになります」と期待感をにじませる。
現在は、“子育て世代の新しい環境づくり”を目指す女性をバックアップする『88PROJECT』や、今年11月15日から九段ハウスにて開催する『AnyTokyo』の企画・準備も進めている。また、実験的なホテル建設プロジェクトを進めているほか複数の案件が走っている。
「建物をつくるのであれば、そこに住む人、働く人、そして訪れる人にとって何が価値になり、ワクワクする気持ちや体験を醸成していけるのかという、根本の仕組みから考えていきたい」(石川さん)。
私たちの予測がつかない“ワクワク”が、この場所から生まれてくる日は、そう遠くないだろう。
お問い合わせ
ティー・ワイ・オー
高野、熊﨑
TEL: 03-6859-2233
E-mail: info.cri@tyo.co.jp