APEXはなぜ熱狂的な顧客を獲得できたのか?POLAが実践するコミュニティマーケティングとは【後編】

ユーザーの声が社内に浸透し始めた

前田:菅さんにとっては、そのくらいユーザーと直接触れあった効果があったということなんですね。

菅:ありましたね、これは私にはてきめんでした。この体験を、いろんな人に、できるだけリアルに伝えていきたいと思い、イベントの様子をビデオに撮って見せて、「こんな意見をおっしゃってたよ」といったことを伝える機会を増やしていました。30年このブランドを愛してきてくださった方の「欲しいと思ったときにすぐ手に入らない」というお言葉は、何度も何度も社内でも伝えました。

前田:実際30年使い続けるユーザーがどこにでもいるかというと、なかなかいらっしゃらないと思います。POLAさんのすごいところは、ビューティーディレクターが、顧客に対してきちんとと向き合いコミュニケーションをしていたからこそ、資産として残り、APEXラウンジを良い場にしていったんじゃないかと思います。

まだ伺っていないお話として、「お客様に商品を選ぶ余地を残す」ということについては、どのような施策を行われたでしょうか?

菅:処方を細分化して、色々な化粧品を作る能力はAPEXの伝統芸ともいえます。ここでは「分析結果に応じて出していた無料のサンプルをなくす」という決断がものすごく大きな変化でした。

以前はクレンジングから、ウォッシュ、ローション、ミルク、クリームという一週間使えるものをサンプルとして無料プレゼントしていました。「無料でサンプル付きます」ということを宣伝文句にお客様と接点をもっていたのですが、そのサンプルをやめることにしたんです。〔※編集部注:2019年6月末でサンプル提供サービスは終了〕

前田:現場での商品を売っている人からすると、無料で提供するサンプルは、来店のきっかけになったり、その後の本購入につなげるための貴重な手段だったと思います。相当な反発も予想されたと思うのですが、それをやめるということはどのように決断されたんでしょうか?

菅:実はこれもAPEXラウンジのなかの出来事だったのですが、それまでユーザーには見せてこなかった全種類の製品をずらっと並べてご覧いただくというイベントをやってみたんです。ローションだけで50種類。他社さんですと、たぶん4タイプくらいしかお持ちではないと思います。

このイベントでAPEX使用歴十数年のユーザーの方に言われたのが、「本当にこんなに種類があるんですね」ということばでした。そして、お客様がいつも使っていらっしゃるものと、それとは異なるタイプを使い比べて、「やっぱりいつも使っているもののほうが肌にあっている」、とおっしゃったんです。

そのとき、「あっ、個対応って、比べて始めて分かるんだ・・・!比べないとわからないんだ、伝わらないんだ」という発見がありました。この経験が、決めつけた組み合わせのサンプル提供ではなく、店頭で感触や質感を試して選択するためのタッチアップテスター設置、というアイデアにつながっていきました。

こうした体験を通じて、サンプルをなくして、タッチアップテスターでいける!という自信につながりました。

前田:パーソナライズした化粧品を提供することが価値だと自分たちは思っていたけれども、時代が変わってユーザーの価値観やライフスタイルも変わるなか、無料サンプル品は貰えなくても、比較・選択の余地のあるほうがユーザーに求められているんだという体験をしたからこそ、サンプルをやめるという決断ができたということですね。

菅:これからもユーザーの方から「どうしてサンプルをなくしたんだ」というクレームがくるかもしれませんが、このリアルな体験をベースに、「比べられた方がご自身にぴったりのものを選びやすいんですよ」と、自信をもってお伝えできます。

前田:サンプルをなくすことが、ビジネスパートナーの方からすると、ユーザーと自分との関係が変わってしまうんじゃないかという不安もあったと思います。中間目的に「ビジネスパートナーとユーザーの関係性は残すべき」というものがありましたが、ここについてはどのような施策を行ったんでしょうか?

菅:これまで30年間積みあげてきたブランド、ビューティーディレクター、お客さまの関係性はかけがえのないものです。でも、市場やヒトの価値観は変わり続けていく。そこについていかなければ、お客様とのより強固な関係構築は難しくなるだろうと考えて、2年かけてAPEXの主力組織トップ100の方と、2年がかりで市場や生活者の変化、顧客志向、カスタマーエクスペリエンスなど、マーケティングの考え方・手法を一緒に考え、ディスカッションする場をつくってきました。

前田:トップ100の方ともなると、これまでのビジネスモデル愛着や自信があったと思うんですが、この施策についてきてくれた、あるいはついてこれたんでしょうか?

菅:「面白い!」とのめりこむ方もいましたし、ヘトヘトになる方も、「よく分からない」という方も、もちろんいました。でも、市場やお客さま切り口で学べることの満足度はとても高かったです。

前田:プロジェクトでは何かを新しく変えることが多いですが、この「ビジネスパートナーとユーザーの関係性は残す」ために、あえて新しい施策の実行を果断するというお話が印象的でした。私の住んでいる町の隣の商業ビルでAPEXを取り扱っているお店があるんですが、そこのオーナーやスタッフの方々が新しい学びを体験し、あたらしい顧客体験をどう提供しているのか、一度体験してみたくなりました(笑)。

菅:奥さまやお母さまのお誕生日プレゼントなどでぜひご体験ください(笑)

「アペックス」ブランドマネージャー
菅 千帆子

1991年、ポーラ化成工業に入社。
研究員として「肌・こころ・からだ」の心理生理学的研究に関わる。
1994年には世界トップレベルの化粧品の学術大会IFSCCにて、「化粧とこころの関わり」を科学的に解明し「最優秀論文賞」を受賞。
2001年、㈱ポーラに異動。
現在は個肌対応ブランド「アペックス」のブランドマネージャーとして、肌分析技術の企画設計や商品開発、販売促進、物流等を全体統括、社内組織を横断的にマネジメントしている。

 

前田 考歩氏
プロジェクト・エディター

自動車メーカーの販売店支援兼グリーンツーリズム事業、映画会社のeチケッティング事業、魚の離乳食的通販事業、テレビCM制作会社の動画制作アプリ事業など、様々な業界と製品のプロジェクトマネジメントを行う。子どもの探究心を育む「なんで?プロジェクト」。企業のイベントやセミナー設計のための共通言語をつくる「イベントモジュールプロジェクト」などを主宰。宣伝会議では、「web動画クリエイター養成講座」、「展示会出展実践講座」、「提案営業力養成講座」などの講師を担当。

 


書籍案内
予定通り進まないプロジェクトの進め方
ルーティンではない、すなわち「予定通り進まない」すべての仕事は、プロジェクトであると言うことができます。本書では、それを「管理」するのではなく「編集」するスキルを身につけることによって、成功に導く方法を解き明かします。

 

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』 対談バックナンバー
プロジェクトは発酵させよ!「発酵文化人類学」の著者が語るその意外な共通点とは(2018.05.22)

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「マニュアル」を捨て「レシピ」を持とう(2018.06.11)

プロジェクトのようにドキュメンタリーを撮り、ドキュメンタリーのようにプロジェクトを進める(2018.07.17)

「子育てプロジェクト」はキャリアアップのチャンス【マドレボニータ・吉田紫磨子×前田考歩】(2018.08.22)

「物語」はプロジェクトを動かす原動力になる(2018.09.20)

“最大の効果を出すチーム”は、管理ではなく会話でつくられる【ピョートル・フェリクス・グジバチ氏 前編】(2018.09.27)

結果が出る楽しい会社は信頼関係がつくる(2018.09.27)

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子育て経験は最高のプロジェクト管理シミュレーションである(2018.11.15)

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「答えのない「問い」は、創造的コミュニケーションを生む触媒【安斎勇樹×前田考歩 後編】」(2019.05.30)

「人々の生活や街に溶け込むモビリティをつくる TOYOTA「未来プロジェクト室」の挑戦」(2019.06.4)

「ゲームデザインでもプロジェクトでも、「記録」が役に立つ」(2019.06.28)

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