広告主が求めるのはエンド・ツー・エンドのオムニチャネル・カスタマー・エクスペリエンス
では、広告会社のメディアビジネスはどこに向かうべきなのだろうか。
1 一つのヒントは現在のデータ・ドリブン・マーケティングの考え方を取り入れることではないか。つまり、視聴ログや購買データを紐づけて消費者にパーソナライズしたコンテンツを送り届けるプラットフォーマーのビジネスモデルを、従来のメディアの接触データ(視聴率や閲読データ)も含めて大きなメディアエコシステムにしていくことで存在感を示すという考え方だ。
媒体をまたいだデータの管理や、クライアントとの強い関係性は広告会社の強みであり、消費者の購買ファネルをバーティカルに横断するデータの取得管理と、メディアを横断する進化型のオムニチャネル・マネジメントができれば広告会社の存在意義はより高まると予測する。
2 2つ目の切り口は、「憧れ感」の醸成だろう。消費者はなにがしかの過去の行動履歴に即してすべて行動するわけではないし、イベントハプンスタンスのような思いがけない出会いから消費行動を起こすことはままある。そういった過去行動分析では予想できない新たな購買動機を創造する機能として、消費者が「憧れを感じ」かつ「インスパイア」されるコンテンツを生み出し続けることが広告会社のもう一つの活躍の場ではないか。
我々の世代が幼少期には広告自体が世の中を動かすまさに「憧れ」のエネルギー源だった。マーケティングの世界でも消費者のインサイトに基づくSTP(Segmentation/Targeting/Positioning)の設定がその戦略の基本となっており、出発点は常に消費者の購買動機の活性化であるが、情報流通が行きつくところまで来ており、消費者自体が消化しきれないほどの情報量に接している今の時代においては、大量にあふれている情報から自分の購買動機を確認するという選択的な消費行動だけではなく、インスパイアされる刺激的な情報を模索している消費者も多い。
このようにインスパイアリングな情報をメディアという箱に乗せて運ぶための設計図を描ける立場にいるのは広告会社の強みであり、その立場を利用したクリエイティブの在り方を追求することが広告会社の将来像を拡張することになる。そのためにもこれらのインスパイアリングなクリエイティビティにフォーカスを当てた広告「コンテンツ」のありように関してより深い議論が待たれる。
3 次に、広告会社の事業の理論的よりどころとなっているマーケティングの考え方を見直す必要性について言及しておきたい。このコラムは、パーソナライゼーション時代におけるメディア業界の近未来像への示唆がテーマとなっているが、広くとらえればメディアもマーケティング施策の一つであり、現在のメディアの活用のベース理論となっているのは伝統的に体系化されてきたマーケティング理論である。特にノースウエスタン大学ケロッグ大学院のフィリップ・コトラー教授の理論は広くあまねく採用され、その多くが広告会社のマーケターのよりどころとなっている。
しかし、あえて申し上げたい。従来のパーチャスファネル型のマーケティングからCDPを起点としたデータ・ドリブン・マーケティングの時代に変化しつつある中で、果たして伝統的なマーケティング理論をベースとしたメディアプランニングやバイイングの方法論でいいのか?ターゲット設定や出稿量を規定する理論やメディア戦略の目的設定などを変える必要はないのか。
著者が現在、推奨している考え方は、消費者の購買行動は最大公約数的に画一ではなく、個々の消費者の行動特性に応じて「分布している」という立脚点に立つ。ペルソナや代表的なカスタマージャーニーをつくることですべての消費者の購買行動を代表させるのではなく、分布している消費者の行動パターンを念頭に置き、コントロール可能な要素とそうではない要素に分け、あるべきメディアの役割を探るというものである。
ここで詳細の説明は省くが、広告会社のマーケターやメディアプランナーがこの理論に気づき、未来のメディアの在り方を再規定するアクションを起こすべきであると強く思っている。
4 いわゆる「プラットフォーマー」との関係性の在り方について述べたい。世界最大の広告会社グループであるWPPのマーティン・ソレル(2018年4月までCEO)はしばしば、グーグルとフェイスブックのことを「Frenemies」つまりFriendとEnemyを足した造語で表現している。ある時はビジネスパートナーであるし、ある時は競合になるということだろう。彼らプラットフォーマーに共通した特徴は自社プラットフォームの中に豊富な消費者の行動データというビッグデータを保有していることだ。
このデータは閉じたエコシステムの中で使われているが、今後メディアとのコンバージェンスが進行すれば、データを活用した様々なコラボ型のビジネスモデルが生まれるだろう。ただ、一方では、5G通信インフラの整備により、メディアとのコラボを目指すのではなく、これらのプラットフォーマーがコンテンツ配信を独自に実施して従来の購買を中心とする行動データに、コンテンツや広告接触に関わるコミュニケーション系の行動データを独自取得し、一気通貫で消費者を囲い込むのではという考え方も語られている。
これは、データ自体の外販に関して各プラットフォーマーは保守的な考えを崩しておらず、部分的なAPI連動を除いてすぐにそれらが外部にデータのみを解放するということはしないという現在の経営方針とも合致している。既存のメディアや広告会社はこの状況を考慮に入れてWIN-WINとなるビジネスアライアンスを、現状の優位な状況下で構築しておかないと将来これらのプラットフォーマー自体がメディアのディスラプターになる可能性がある。
5 最後に、組織の在り方について言及したい。日本の広告会社は欧米の広告会社グループとは異なり、様々な関連サービス(プランニング、バイイング、クリエイティブ、SP、デジタルなど)をバンドリングする形で1社の組織の中に内包してきた。このことは先ほど述べた外部環境の変化や広告主からの要求圧力を考慮するとプラスに働くと考えている。改めて、今現出している様々な圧力を要約すると、
「顧客へのリーチに活用できるプラットフォームやチャネルが複雑さを増しているため、広告主は、統合されたエンド・ツー・エンドのオムニチャネル・カスタマー・エクスペリエンスをデザインできるエージェンシーを求めている」ということになる。
これができる組織環境はもともと日本の広告会社にあるわけで、これまで述べた変化への対応示唆を踏まえつつ、バックオフィス機能、ミドルオフィス(媒協局)機能、営業フロント機能を統合し、自信をもって新たな広告会社像を描くべきである。