消費者の購買行動は分布している セグメントできないことを前提にしたマーケティング戦略
それでは、パーソナライゼーション時代のマーケティング理論のベースとなる考え方とは何なのか?コラムの5回目でも少し触れたが、それは「行動の分布に着目してメディアの在り方を考える」ことだと著者は考えている。
つまりはメディアターゲットをセグメントすることや、そもそもビークルを細かくセグメントすることに向かうのではなく、消費者の情報消費行動や購買行動自体が分布していることを前提とし、その分布の特徴を分析することで見えてくるメディアの機能に注目して、新たにメディアの役割を規定することが必要とされているのだ。
この消費者の購買行動の分布モデルは、例えば1959年にEhrenbergによってマーケティングの世界に導入された「NBDモデル」や、それをブランド選択の確率論に拡大した「NBDディリクレ・モデル」などが最近、再び注目されている。
南オーストラリア大学のバイロン・シャープ教授がその著書『ブランディングの科学』の中で、この「NBDディリクレ・モデル」を「マーケティングの数少ない本物の科学的理論の一つだ」と述べている。また、慶應義塾大学商学部の清水聰教授は『新しい消費者行動』(1999年初版)という著書の中で、「これらのモデルは、マーケティング・サイエンス研究においては40年ほどの歴史があり、多くの実証実験から、説明力があるとされている」と記述している。
マーケティングの研究領域がいったんスキャンパネルデータの分析(POSデータやバーコードで購入商品をスキャンして記録する方法論)にシフトしたため、いったん忘れ去られていた理論ではあるが、パーソナライゼーションへのシフトとエマージング・テクノロジーの登場とともににわかに脚光を浴びてきたのだ。
それでは、消費行動の分布を語る理論と、パーソナライゼーションやエマージング・テクノロジーの台頭の間にはどのような関係があるのだろう。詳細を述べるのはこのコラムの趣旨にそぐわないので、ここでは避けるが、概略を示せば次のような関係にあると考えられる。
〇 シェアが高まれば当該ブランドの選択確率が高まることが「NBDディリクレ・モデル」で分かっており、そのシェアと相関が高いとされるのが「非助成認知」つまり「想起集団(エボークド・セット)」。
〇 この「エボークド・セット」にどのようにすれば当該ブランドが入ることができるのかは、長年マーケティングの研究対象領域だったが、なかなか明確にそれを説明できる理論はなかった。しかし今ではAIを使えば、「エボークド・セット」入りするための相関特徴量が抽出可能になってきた。
〇 つまり、マーケティングリサーチなどでアクチャルの数字が分かりうる「エボークド・セット」の実数と、AIなどの最先端技術を活用した分析手法が結びつき、新たな購買の道筋を明示できるようになってきた。
これらの理論を踏まえれば、分布している消費者のランダムで気まぐれで非常に個人的な消費行動に対しての打ち手が見えてくる(最大公約数ではない!)。活用の仕方はマーケティングの目的等により異なるので(シェアップアップなのか、新製品投入なのか、離反防止なのか…)一義的ではないが、従来の最大公約数的な考え方ではない、パーソナライゼーション時代にふさわしいメディアの役割が見えてくるはずである。