モメンタム ジャパンは、モメンタム ワールドワイドが実施している「We Know Experiences 2.0」の日本版を発表した。同レポートは日本を含む世界3200人の消費者を対象に、消費者の行動を掘り下げ、消費者がブランドの何を重視しているかを解明することを目的に行われているもの。
このレポートの発表のため来日したMomentum Worldwide Chairman & CEOのChris Weil(クリス・ワイル)氏にインタビューを行った。
■「We Know Experiences 2.0」の主な調査結果
・76%の回答者が「モノ」よりも「体験」にお金を使いたいと思っている。
・86%の回答者がブランドに、気分を良くしたり、気分を上げたりしてくれることを望んでいる。
・83%の回答者が、ブランドにストレスや不安感を緩和してくれることを望んでいる。
・70%の回答者が、今までに比べ、環境問題や社会問題に関わるようになっている。
—今回の調査では消費者がモノよりも体験に、よりお金を使いたいと思っているということ、そしてブランドにとって体験のマネジメントがより重要になっていることがわかったそうですね。
いま、世界的に『エクスペリエンス・エコノミー』という新しい世界がつくられている。
私たちは、グローバル・エクスペリエンス・アドバタイジングエージェンシーを標榜してきたが、消費者の購入意思決定に際してエクスペリエンス(体験)が重要であるという認識が広まってきた。いま、CMOにとってマーケティング・プランの中心はエクスペリエンスになっている。
—レポートでは消費者がブランドに社会課題の解決など、より多くの役割を期待しているとの見解が示されていました。欧米ではその傾向があるのかもしれませんが、日本においてはまだ、そのような意識が強まっているようには感じられないのですが。
今回の調査における発見は「消費者はブランドに対して、社会課題を解決することをはじめ、より大きな役割を担ってほしいと考えている」ということだった。特にミレニアル、ジェネレーションZ世代では、その傾向が強いと思う。
日本では、まだ他国ほどの傾向は出ていないかもしれないが、若い世代においては他国と同様の傾向がみられているし、今後その傾向は進むと考えている。若い世代が社会の主役になった時、ガラリとゲームのルールが変わってしまうこともあるのではないだろうか。
—消費者の購入意思決定に際して、ブランドが提供する体験が重要になってくると、その体験のマネジメントを担う「Chief Experience Officer(CEO)」といった新しい職務が生まれているのでしょうか。また「CEO」といった役割が生まれているとするならば、それは「Chief Marketing Officer(CMO)」を代替するものなのでしょうか。
企業によっては「CEO」といった担当を置いている場合もある。しかし多くの場合はCMOがブランド体験のマネジメントまで担うようになっている。CMOは今、コミュニケーションメッセージの開発だけでなく、顧客にとってのすべての体験をマネジメントする役割へと変化しつつあると言える。
—BtoCモデルを採用するメーカーの場合、ブランド体験において重要と思われる購買の瞬間は、小売り企業が担うことになります。購買の体験は、どうマネジメントしているのでしょうか。
ブランド側は購買の瞬間における体験をもマネジメントしていく方向にある。そして、その関わりが小売り企業のサポートにつながっているケースが多いと思う。ブランド側が店頭でのブランド体験をよりよくしようと関与することで、リアル店舗における購入の体験も向上することにつながるからだ。
米国においてリアル店舗を持つ小売り企業は今、厳しい状況に置かれており、いかにして消費者に店頭に足を運んでもらえるかを考えている。一方のブランドにとっては、リアルの店舗は体験を提供する絶好のステージと言える。そこで両者が手を組んで、リテール体験をデザインし直す動きが出てきている。
—モメンタムはショッパーマーケティングに強みを持っている企業と思っていましたが、だからこそブランドと小売り企業が協調した施策に積極的に関与しているのでしょうか。
その質問の答は「はい」でもあり「いいえ」でもある。確かに、私たちはショッパーマーケティングに精通しているが、もともとは、コカ・コーラのスポーツマーケティングのプログラムを支援したことから始まった会社だ。
スポーツと店頭には、ブランドと顧客のフィジカル(物理的)な接点という共通点があり、私たちは特にフィジカルな接点でブランドと消費者のエンゲージメントを深めることに強みがあると言えると思う。ただ消費者がフィジカル、デジタルの双方の空間を行き来する時代においては、フィジカルな空間にデジタルの世界から消費者を誘導する施策も含まれるようになっている。
—発表されたレポートの中で、たとえば消費者がブランドに期待する体験として「面白い」とか「リラックスできる」とか「元気になる」といったことが挙げられていました。しかし、人によってその感じ方は異なるのではないでしょうか。多様な価値観に向き合いながら、どう体験を設計・提供しているのかを教えてください。
私たちが関わった、米国の通信大手Verizonの事例をもとに解説したい。好きなアーティストは違えども、多くの人が音楽を楽しんでいると思う。そこでVerizonでは、顧客に魅力的な体験を提供するため、音楽のプログラムを提供している。
その内容とは、たとえばレディ・ガガを始めとする著名アーティストのライブの際、ステージ上にVerizonの顧客のための特別席をつくって提供するなどの取り組みだ。これによって、約1400万の顧客にとってのパッションポイントをつくろうとしているし、顧客は音楽に取り組むVerizonを支持している。
そして、こうした体験をさらにパーソナラズしたものにしていく上で、モメンタムでは私たちが発見した「エクスペリエンスの7つのアーキタイプ」を活用している。「エクスペリエンスをつくる上では“何”を“誰”に“どのチャネル”で、さらに“どうやって”提供するかを考える必要があるが「7つのアーキタイプ」を用いると、どのようなコンテンツをつくり、体験を提供すればよいかも見えてくる。
これは従来のメディアのオーディエンスで区切るセグメンテーションよりも、その時々の顧客の気持ちに寄り添った体験を提供する上で有用なものだ。
—体験を提供するような施策は、従来の広告以上に投資効果を測定するのが難しいのではないかと思います。どのように効果測定を行っているのでしょうか。
従来型の広告と違い、エクスペリエンス型の広告には決まった効果指標がない。そこで新しいプログラムを企画するたびに毎回、クライアントと協議を重ね、適切な測定方法を決めるようにしている。
現時点では、そのような形で対応しているが、今後従来の広告費から体験の提供にマーケティング投資がよりシフトしていけば、測定についてのニーズは変化をしていくと考えている。そこで当社では近年、データアナリティクス部門に大きな投資をしてきた。これは、パーソナライズした体験を提供するためにデータの取得・分析が必要であること。そして、投資効果を測定する上で重要になってくるからだ。
現在、リアルタイムに顧客の行動がトラッキングできるような状態になっており、これは施策を実行する上でも、投資の効果を測定する上でも重要な基盤になると考えている。
—例えばサービス業におけるブランド体験は、従業員の振舞い方も重要な要素になってくると思います。従業員向けにも何か、プログラムを実施しているのでしょうか。
それは、とても重要なポイントだ。従業員をブランドアンバサダーと考えて、トレーニングプログラムを実施することが必要になる。ある意味で従業員は“役者”のような存在となって、ブランドメッセージを体現する存在になるべきである。
あるホテル会社のCEOから言われたことが、今も印象に残っている。彼は「素晴らしい立地の素晴らしい部屋を提供できたとしても、フロントに立つ従業員の接客が悪ければ、それだけでブランド体験は大きく崩れてしまうし、ブランドを好きになってはもらえない」と話していた。
従業員の振る舞いはとても大事なので、前述の「Chief Experience Officer」の役割は「Chief Executive Officer」が担うべきともいえるだろう。例えばVerizonでも5年かけて、全店舗の従業員を対象にした研修プログラムを行っている。
また体験がもたらす価値を従業員のモチベーションを高めることに活用している企業もある。ユナイテッドエアラインはスポーツイベントのスポンサーをしているが、これは消費者に対してではなく、自社の従業員に誇りを感じてもらえることを大きな目的に設定していた。スポーツイベントへの協賛を通じて、消費者だけでなく従業員に対しても魅力的な体験を提供したいと考えていたからだ。
著名なアスリートが従業員と一緒に、乗客の荷物を預かる仕事をしたり、CAになって接客したりもした。これは従業員にも顧客にとっても魅力的な体験となるばかりか、コンテンツとしても事後に活用ができる。消費者だけでなく多様な関係者にも影響を与えることができるのが、体験のプログラムの魅力でもある。
—消費者がブランドに対して、より大きな役割を期待しているのであるとすれば、マーケターの仕事は、消費者にモノを買ってもらうことを通じて、よりよい社会の実現に貢献できる非常に意味のある仕事になっているのではないかと思います。
消費者はいま「政府が信用できない」とか「孤独だ」といった感情を抱いている。そこでいま企業やブランドに対する期待が高まっている。
マーケティングとはモノを売るだけの役割ではない。たとえば、メーカーにいれば世界の廃プラスチックの問題を解決するような商品・パッケージを開発・提供することも可能だ。モノを売ることを通じて、消費者の行動を変え、世界をよりよくしていくことに貢献できるのがマーケティングの仕事の魅力だと思う。