世の中に価値を伝える上では、言葉が本当に大事 — TCC賞贈賞式、開催される

10月25日、東京・ホテルニューオータニにて、2019年度TCC賞(東京コピーライターズクラブ)の贈賞式が開催された。

本年度はグランプリ 1作品群、TCC賞 14作品群、最高新人賞1名、新人賞21名・審査委員長賞3作品群を選出。4月に新たに就任した谷山雅計会長、福里真一副会長、箭内道彦副会長という新体制による初めての贈賞式となった。

谷山雅計さん

TCC最高新人賞に選ばれたのは、辻中輝さん(電通)。パイロットコーポレーション/フリクション「ネタ帳」篇、スマートニュース「クーペン」篇ほか3本の作品が評価されての受賞となった。

審査委員長を務めた磯島拓矢さんは、「今年の審査は票が割れました。審査員がそれぞれわがままだということもあると思うのですが、コピーの使われ方にさまざまなバリエーションがあって、審査員一人ひとりがそのバリエーションに反応した結果だと思います。

グランプリ受賞の三井住友カードのCMではロジックな言葉の使い方を、審査委員長賞受賞の大塚製薬工場のオロナインH軟膏のCM 「沐浴マトペ」篇他では装飾的な言葉の使い方を、TCC賞受賞の『ロトもだち』(全国都道府県及び全指定都市 ロトシリーズ)はネーミングでありながら企画の方向性も決めているというように、バラエティに富んだ言葉の使われ方を見ることができました」と講評を述べた。

磯島 拓矢さん

「広告が大好きな28歳としてここに立てたことをありがたい」最高新人賞受賞 辻中輝さん(電通)

辻中輝さん

CMプランナーとして仕事を始めて、今年で7年目となる辻中さん。受賞の喜びと共に、自身の初めての広告に関する思い出を語った。

「幼稚園の送迎バスに乗ると、クスクスと笑い声が上がった。ある友だちが僕を指さして、輝くんのお父さん、ゴキブリやねんと笑うんです。なんでそんなことを言われるんだろうと思い、テレビをつけると、電通関西にいる父親(辻中達也さん)がゴキブリの衣装を着て、白ホリの前で『ゴキブリQでバッタンキュー』と言って倒れていました。それを見た僕は、世の中のお父さんには色々な仕事があるのに、なぜ僕はゴキブリの子どもなんだろうと絶望にかられました。

その日の晩ごはんで、美味しそうにカレーを食べている父を見たら涙が出てきて『なんでゴギブリなの』と聞くと、父は笑いながら「ごめんな」と言うだけでした。その頃は毎日CMが流れていたので、広告が大嫌いになりました。それから20年経って、自分も父と同じようにCMプランナーとして仕事をさせてもらえるようになり、たくさんの人に支えられて賞をいただき、今広告が大好きな28歳としてここに立てたことをありがたいと思っています」。

そして最後に「感謝と愛の気持ちを込めて」(辻中さん)、大日本除虫菊「ゴキブリQ」のテレビCM「バッタンQ」篇のスクリプトを読み上げた。

世の中に価値を伝える上では、言葉が本当に大事–グランプリ受賞企業 三井住友カード佐々木丈也さん

佐々木丈也さん

本年度TCCグランプリを受賞したのは、麻生哲朗さん(TUGBOAT)の三井住友カード 企業広告「Thinking Man」篇 プロローグ・第一話・第2話。受賞企業である三井住友カード執行役員 佐々木丈也さんは、受賞を受けて次のようにコメントを述べた。

「このCMのプロジェクトは1年数ヶ月前から始まりました。さまざまなキャッシュレスの決済手段が乱立する中、生活者からすると本当に価値のあるものは何かわかりにくくなっていると思います。キャッシュレスの機運が高まる中で、カード会社としてどのように価値を世の中に伝えていけばいいのか、というところから議論を始めました。

麻生さんと議論を重ねる中で、世の中に価値を伝える上では、言葉が本当に大事であると感じました。今回のCMのメッセージ『Have a good Cashless.』で、キャッシュレスによって世の中の人たちによい体験をしていただくということを伝えられたのは、我が社にとって本当によい財産になりました。

本来、『キャッシュレス』という言葉は形容詞なので、文法上はおかしいと感じる方もいるかもしれないけれど、我々の意志としてこの言葉を世の中に発信していったほうがいいという提案をいただき、それを信じてやり続けてよかったと思います。世の中に発信するクオリティの高いCMをつくってもらうというより、事業戦略の一部にまで踏み込んでもらい、魂を込めて共に取り組んでいただけたことに感謝します」。

「自分が見てきた背中を証明するのは、自分しかいない」–グランプリ受賞 麻生哲朗さん(TUGBOAT)

麻生哲朗さん(左)

グランプリを受賞した麻生さんは「広告としてオリエンを受けない限り、きっとつくらなかったであろうテーマ。このタイミングでこうしたお題に出会えたことで、広告の醍醐味を経験できました」と喜びを述べた。そして続けて、最近自身が考えていることを話した。

「僕は自分のことをずっと若手だと思っていました。広告制作において、若手だと思えるとすごく楽なこと。それがエネルギーやパワーになって、大きいものにぶつかっていくことや挑んでいくことができました。『若手なんだから』ということは、自分を都合よく楽にしてくれていたと思います。

でも、ここ数年、『君は若手じゃないよ』とはっきりと言われるようになり、自己認識とずれてきて、やりにくくなってきました。実際に仕事の中でも自分より年下のコピーライターやアートディレクターが関わってくるようになりました。僕にはプロデューサーやディレクターといった分業する仲間はいたけれど、3年3カ月で電通を辞めたため、部下や後輩がいたことがなく、正直どう振る舞っていいか、わからない状況がしばらく続きました。

マイペースでやるべきか、彼らを待ったほうがいいのか、肯定すればいいのか、否定すればいいのか…それ以上に彼らに気を遣っているけれど、それ以上に気を遣わせてしまっている。兄貴のようにありたいけれど、多分自分はいま兄貴を演じている、みたいな。いつもの自分らしくない時期が少し続いて、調子が出ずにいました。

そんなとき、福里真一さんとご飯を食べる機会があり、話を聞いてもらいました。年下のプランナーやコピーライターたちに影響を与えたり、育てたり、導くことってできるんですかね?と尋ねると、福里さんは『そんなことはできるわけがない』と即答しました。あ、そうだよねと思った後に言われたのは『麻生君の背中を見せるしかない』と。その言葉で僕は気づかせてもらえたというか、わかったことがあって。それは自分の背中がどうこうとういうより、むしろ僕が見てきた背中があるということ。

TUGBOATは岡康道さん、川口清勝さん、多田琢さんという3つの背中を長い時間、これだけ間近で、しかもいっときも絶えることなく見てきたのは、自分しかいない。これは相当すごいことだぞ、と。

そのすごいことを証明しなくては行けないのは自分で、まさに自分は試されているんだと、福里さんの話を聞きながら思ったんです。広告の世界にはいろいろな景色があって、僕はその景色を見て、ここまで来ました。僕はその景色に価値があると思っているし、誇り高いものと思っています。それを証明するか、しないかは、自分にかかっている。お前、何を見てきたんだ、何を感じてきたんだ、そういうことを問われているんだと。

その気づきをもらったおかげで、自分がちょっと身軽になり、これまでとは違う尺度で広告を考えたり、つくることに没頭できるようになりました。そんなタイミングで出会えたのが三井住友カードの仕事でした。

そして、このTCCと言う場も、いろいろな人の背中を見てきた人の集まりだと思ったら、改めていい集団だなと思って、そこで評価されたこともも嬉しいし、自分には運があるなと思いました。ちょっと前の僕なら『運がいい』と言われたら腹がたったと思うけれど、いまは素直に出会いや自分の運の良さをありがたく思います。そう言う意味では若手からちょっと脱却できたような気がしています。

今回のCMは、ちょっとした気づきが大きなうねりや転機になっていくことを願いながらつくりました。そういう小さな気づきから自分が新しいことに向かっていけたらいいなと思います。まだまだつくります。これからもよろしくお願いいたします」。

本年度の受賞作品他をまとめた『コピー年鑑2019』は、11月中旬に発売予定。

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