新政酒造を継ぐつもりは全くなかった(ゲスト:佐藤祐輔)【前編】

酒蔵を継ぐ気は全くなかった

佐藤:そうです、静岡の「磯自慢」。次に「九平次」。

澤本:確かに「九平次」を飲んだときに全然違ったものという感じがありましたね。

佐藤:「九平次」はひとつのジャンルをつくったというか、素晴らしい体験をさせてもらいました。日本酒の概念を変えてくれたような。

澤本:日本酒、焼酎で、味を変えたいと思った方々は、農大で学んで、ご実家に帰ってという方が多いと聞いたんですけど、佐藤さんは違いますよね?

佐藤:そうですね。僕は全く継ぐ気がなかったから。

澤本:新政酒造という酒蔵を継ぐ気はなかったんですね。

佐藤:弟もいますしね。だいたいどこの酒蔵の人に聞いても、お父さんと仲が良いのは次男とか下のほうなんですよ。

僕も父とは性格が若干合わないなと。僕は忘れ物が異常に多かったり、そういう性分があって。父は几帳面なほうなのでいつも怒られていて。父の前だと萎縮しちゃうし、好きなことできないし。弟は全部そういうのを見ているから、うまく立ち回るんですよ。だから「継ぐのは弟だよね」と僕の中で決着がついていて。僕は好きな生き方をしようと思って、酒蔵のことはほぼゼロでしたね。全く考えることはなかったです。

権八:もっと言うと、日本酒が嫌いぐらいのね。

佐藤:そうです。それこそ磯自慢などに会わなければ今も飲んでない可能性ありますからね。

澤本:じゃあ大学は一般の大学に行かれたんですか?

佐藤:最初はたまたま入った大学の商学部の経営学科。でも、簿記が全然できなくて、集中力がなくて好きじゃないからやめてしまって。勉強しなおしてやりたい仕事をしようと思ったときに、心理学者になりたいと思ったんです。自分が忘れ物も多いし、異常なところがあると薄々分かっていたので、自分の心を知りたいと思って心理学を目指したんですね。

澤本:それで東大の心理学に。

佐藤:いろいろ受けたらたまたま入れて。東京大学は心理学の学科も豊富だったので、いいなと思って。

澤本:最初からお酒をつくろうと思ったわけじゃなくて、文学部に入られて、文学や心理学をやられていたわけですよね。

佐藤:そうです。ユングが大好きで心理学に行きたかったんですけど、実際はユングみたいなことをやる学科はなくて、どちらかというと社会心理学のように統計を取ったりするわけです。ビジネスに役立つような。

自分が心理学をやりたくなった大きな理由のひとつは、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を読んで、人間心理はいろいろあって、自分を探求する意味でもそういう勉強をしたいと思ったからなんです。だから文学自体にも興味が湧いて、心理学はちょっと違うなとなったから英米文学科に行ったんです。

澤本:英文なんですね。

佐藤:ロックも好きで、一番得意だったのは音楽でした。

澤本:じゃあ大学のときはバンドを組んで。

佐藤:やってました、ベースをやっていて。このブースの後ろで鳴っている音も気になるんですよ。こういうインスト、プログレの。

権八:入学年って95年ですか? 僕同じ年だから、気になって。

佐藤:そうです。オザケンが同じ学部でしたね。

澤本:本当ですか? じゃあ柴田元幸さんに。

佐藤:そうです、柴田さんに直接習ってました。

澤本:そうなんですね、じゃあ小沢さんと一緒ですね。

佐藤:彼は2年しかいないから、ちょうどすれ違いだったと思いますけどね。教養学部のときは僕はスペイン語を履修してたんですけど、ホリエモンもそうじゃないかな。彼も日本酒、いろいろやっていて。

澤本:そうそう、堀江さんのやってらっしゃる焼き肉屋さんに行くと、日本酒もすごいの置いてますね。

佐藤:友達に和歌山の紀土(キッド)という蔵の人がいて、ホリエモンのロケットに自分の酒を載せて飛ばしたと言っていましたよ(笑)。

<中編につづく>

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