日本酒は音楽に似ている? エモーショナルで生々しい(ゲスト:佐藤祐輔)【後編】

赤字で先が見えないからこそ、好きなことをやろうと思った

佐藤:いや、僕のところは全然出してないから、そんなこともないと思います。ただ、アジア圏の人、上海、中国圏の台湾、香港の方は漢字が読めるから、ツイッターやブログの内容を読めるんですよね。だから日本の情報を翻訳なしである程度分かっちゃうので、アジア圏の方はうちの酒に関しては結構詳しいです。

権八:漢字が分かると面白いですよね。なんでこんな名前つけてるんだろうと。

澤本:「獺祭」はカワウソ祭りだからね(笑)。

佐藤:なので、アジア圏では結構好きと言ってくれる方が多いです。ありがたいです。

権八:ちょっと話を戻すと、帳簿を見て酒蔵に戻ることにしたと。ここまでの話がじつにドラマチックで、そのまま小説や映画になっても感動しそうな感じですけど、酒蔵に帰ってからはどうしたんですか?

佐藤:帳簿を見たのが9月で、11月には帰りました。でも10月は酒づくりが既にはじまっているシーズンで、農家さんが農閑期で刈り取りを済ませてポツポツ集まってきていて、今年は何をつくるかといった製造計画も全部決まっている状態でした。だから僕が帰っても、何もさせてもらえない感じだったんです。

でも、酒類総合研究所で大吟醸のつくり方は学んできていて、高級酒のつくり方が分かるからそこは任せてくれと。1年間、地元向けの安価な普通酒、醸造アルコールなどが入ったお酒は現場に任せて、ちょっとお高いお酒をやらせてもらったんですよ。そうしたら軒並みコンテストで金賞や最高賞を獲って。それに関しては自信を得ました。

権八:それすごくないですか、いきなりですよね?

佐藤:酒類総合研究所で先端の技術を学べたからですね。

権八:とはいえですよ。そこで学んでる人は佐藤さんだけじゃないわけですよね?

佐藤:でも1年もいた人は少なかったですね。ただ、それによって僕はたかが1年ぐらいやった人間がコンテストを総なめにするのは、底が浅いというか、つまらなくなったというか、これで良いのかと思ったんですよね。

そのときは賞を獲るために「山田錦」や「雄町」という有名なお米を買ったり、最先端の酵母を使ったりして、そのときの酒造技術を全てつぎ込んで、酒類総合研究所の新酒鑑評会で1位、秋田県の知事賞、東北の鑑評会の上位酒と、全部獲っちゃって。でも僕はこんなことやりにきたわけじゃないんですよね。別に僕が優れているんじゃなくて、先端の情報をもっていれば良い酒と認定されるのって、おかしいなと。

権八:なるほど。

佐藤:加工技術を競っている感じがしたんです。おそらく日本酒が売れなくなった理由はこんなことばかりやってきたからだろうなと思って。うちも赤字商材ばかり売っていて良くない状態で、冷静に考えたら4年後に債務超過になって、銀行から派遣されてきて。もうやりたいことができなくなって。そうなったらまた物書きの仕事に戻ることになるだろうなと。

だったら好きなことをやろうと、父と相当喧嘩しましたが、直談判しました。そのときは父親を説得するために経営の勉強もして、何カ年計画も見せて、普通酒は2年半分ぐらいの在庫があるからつくらなくてもいい、むしろ劣化したものを出すことになるから、代わりに高級酒だけつくりましょうと。

そのために何人も人はいりません。農家さんも平均年齢70代ぐらいの方を呼んできてやっているので、もうお暇したいという方も多いだろうから、通える農家さんと若い人材を揃えて高級酒だけつくりましょうと。高級酒をつくるノウハウを僕はもっていたから、これだけにしてしまえば少ない人数で自分が思ったような酒づくりができると思ったんです。翌年は無理にそうしてもらいました。

一般的に潰れかけた蔵がやる手は決まっていて、それまでの名前じゃない別の銘柄をつくるんです。

澤本:ありますね。

佐藤:要はセカンドブランドでつくるんです。「九平次」も「獺祭」も「而今」も地元ブランドの名前があったし、普通はそうしたほうがいいんですよ。僕もそうしようかなと、いろいろなかっこいい名前を考えたんだけど、冷静に考えたら自分はジャーナリストでやってきたときに農業問題や食品添加物の問題も扱って、オーガニック系の記事を書いてきて、それが好きだったから、やっぱり自分がもっていく会社の在り方は風土に基づいてたり、会社の伝統を最大限生かすのが僕のやり方だと思ったんです。

そういうもので戦っていくのが僕としてはやりがいが出るだろうと。色々なところから最高のものをもってきて、最先端の技術で賞を獲ることも面白いけど、たぶん飽きるなと。それだったらうちの6号酵母を大事にしないといけないなと思いました。

澤本:そこだね。こだわって。

次ページ 「日本酒はつくり手のセンスが出てしまう」へ続く

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