消費者の選択を変えるのは行動科学の「アート」
ウィルコックス氏は、行動経済学だけでなく、人が何かを選択するという行動についてのすべてのこのような「非合理な」知見について、「行動科学」もしくは「選択の科学」という言い方をしています。
そして、そのうえでスコープに入ってくるのは、社会的存在としての人間の行動(社会心理学者のロバート・チャルディーニ氏の『影響力の武器』が有名ですが)であり、感情や五感、脳神経をもとにした人間の行動(ニューロサイエンス)です。これらはある意味で「非合理な行動」を説明するのに役立つ知見です。
このような考え方は、これまでコラムでご紹介してきたことでいえば、合理的特徴の集合を超えたブランドにまつわる心理や行動であり、広告のようなコミュニケーションによって刺激された感情による説得といった「アート」の領域によりふさわしいものです。
したがってこれらの知見とは、科学の名を冠していながら、芸術に関するものであるということです。そう考えると、人間の行動にまつわる科学の非常に文脈や状況に依存することや、それが「非合理」であるがゆえに、様々なやり方が存在するという自由度をもつものであって、よりアートであるクリエイティブの力を代弁するものではないかと言えます。その意味では行動経済学が示すヒューリスティックスやバイアスは、クリエイティブに、より力を与えるものです。
つまり、良いクリエイティブは感情を動かすだけでなく、行動を変える影響を与えるトリガーになるということです。優れたクリエイティブが必ずしも常に「この○○はほかの○○より良いですよ」といった合理的なメッセージによる説得を含んでいなくても、商品の売り上げに貢献することがあるということです。
そういう視点で考えれば、時に市場で支配的なNo.1ブランドを、挑戦者である新規参入ブランドや下位ブランドが広告によって倒すことも起きてきます。それは消費者の選択がときに「非合理」であるからこそ、市場でトップブランドが常に強いわけではなく、クリエイティブの力で、時にチャレンジャーのような下位ブランドが消費者の行動を変えることがあるからです。