カンヌライオンズはビジネスの“今”を映す鏡
第1部は、カンヌライオンズに今年で16回目の参加となった多摩美術大学教授の佐藤達郎氏が登壇。「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」と題した講演を行った。
佐藤氏は、そもそも2011年にカンヌライオンズから「Advertising(広告)」の文言が外され、より広い意味でクリエイティブを評価するものへと進化していると、カンヌライオンズを基礎から丁寧に紐解いた。カンヌライオンズへの出品数はおよそ100カ国から27部門で約3万点と、その規模の大きさゆえに評価の視点も膨大であり、「世界のクリエイティブの“今”と“これから”のヒントが多くある」と言及した。カンヌライオンズが世界から注目される理由には、受賞作がその後のクリエイティブの新潮流として世界中に拡散していくことが挙げられる。
「カンヌライオンズはビジネスを映す『鏡』。ビジネスにおいて実際に効果があるものが優秀作品に選ばれている」(佐藤氏)。
一方で受賞作品の見方として、賞賛のみに終始したり、ネガティブな点ばかりを見つけたりするのではなく、受賞理由を考えて自身の業務のヒントを探そうとする姿勢が重要だと説明した。
また、受賞した複数の話題作の特徴を踏まえた視点で他の受賞作を見ることの重要性を説いた。2019年の傾向として、「ブランドパーパスものの台頭」、「エグゼキューションの逆襲」、「メディア概念の大拡張」の3つを挙げ、それぞれ受賞作を紹介しながら解説した。
アイデアは無限でも、インサイトを刺激するものは有限
第2部では、ヤフー メディアカンパニー マーケティングソリューションズ統括本部 エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの中村洋基氏による講演が行われた。中村氏も佐藤氏と同様、視点が大事だと指摘。そこでポイントになるのがインサイトだという。「クリエイティブのアイデアは無限にありますが、人のインサイトを刺激するものは有限だと考えています」(中村氏)。
多くの作品からインサイトを刺激するものを見つけ、「それがどうやってつくられたのか」「どうすれば同じようなことができるか」を考え、抽象化して自分の中にストックしていくことが重要と述べた。
カンヌライオンズはクリエイター向けと捉えられがちだが、マーケターにおいても有意義であるといい、活用のステップを説明した。①目的を選別すること。今欲しいヒントを明確にし、見るべき作品を絞る。②先述の「抽象化や法則化」をし、ストックを増やすこと。③それらをオリエンテーションの「キラーパス」として用いること。「インサイトを刺激して成功につなげたヒントを見つけることが、このようなアワードを見るべき理由」と総括した。
何のために存在するのか? ブランドパーパスが問われる時代
第1部に登壇した佐藤氏をモデレーターに、元Wieden+Kennedy Tokyo ECDの長谷川踏太氏、資生堂クリエイティブ本部 チーフクリエイティブディレクターの小助川雅人氏、電通CDCクリエーティブディレクター/PRディレクターの嶋野裕介氏をゲストに迎えたパネルディスカッションを展開。受賞を逃したノミネート作品のなかにも、マーケティングのヒントとなる要素があるのではないかという視点で、登壇者が「私が選ぶ カンヌライオンズ」として3作品ずつ選んで紹介した。
小助川氏はここ数年の大きな流れとして「ダイバーシティ」への取り組みを指摘。世界中の企業が取り組む理由について「ESG(※1)投資の普及やSDGs(※2)に対する社会の関心の高まりがある。長期的視点で経営を考えたとき、サステナブルな企業が利益を残している事実がこの傾向を後押ししている」と話した。また「カンヌライオンズはここ数年、マーケターの参加者が増え、セミナー登壇者もCMOが主役になりつつある」とも述べた。
嶋野氏が選んだドミノ・ピザ「PAVING FOR PIZZA(※3)」は長谷川氏、小助川氏も「選びたかった」と高評価を得た作品。ピザを配達する際の障害となる道路の穴を、企業が自治体に協力して修繕するという内容だ。「CSV(※4)マーケティングの一種だが、おいしいピザを食べてもらいたいという発想が道路の修繕につながるところがチャーミング」(嶋野氏)。長谷川氏も「日本の場合は企業が社会課題を解決しようとすると、どうしても真面目さが求められる。しかし、そこで楽しむのがアメリカ的。ドミノ・ピザは毎年面白いことをしているが、今年は公共性もあり、ついにここまで来たかと感じた」と話した。小助川氏からも「ファクトベースでPRを広める手法の顕著な例。どのように拡散していくかを逆算して、どのようなファクトをつくるかを考えている。道路を舗装するには予算も必要になるので、費用対効果で考えると難しい。マーケティングやクリエイティブの垣根をなくして、企業のカルチャーを確立していないとできないし、拡散もしていかないのではないか」と話した。
その後、「カンヌライオンズとの付き合い方」について議論が行われた。長谷川氏は、必ずしも受賞が目的で作品をつくるわけではなく、クライアントといかにエキサイティングな関係をつくるかが重要だと話した。小助川氏は「テクノロジーやメディアも含めて最先端の見本市。世の中を面白く変えることは、クリエイティブだけではできないので、マーケターにも興味を持ってもらいたい」と発言。嶋野氏は「カンヌライオンズは人の心を動かす事例を多く知ることができるので効率的」とメリットを解説した。
最後に、嶋野氏は「マーケティングはどんどん変化していく“生きもの”。人の生き方のような『ブランドパーパス』が、企業に問われる時代になっている。いかに消費者と良い関係を築くかが重要視されていて、その方法を学ぶ場所がカンヌライオンズではないか」と話した。小助川氏は「クリエイティブは消費者との接点をカタチにすることができる。何か面白い施策を生み出したいと思っているマーケターがいれば、パートナーとなるクリエイターを見つけて相談すると良いのではないか」と展望した。長谷川氏は「紹介した作品の根底には、各企業が世の中にどうありたいのかを示す『ブランドパーパス』があり、クリエイティブに現れている。私の思う強いブランドは、世界をどう見ていて何を問題視しているのかを明確にしている」と言及。佐藤氏も「社会的な目的を感じるものはカンヌライオンズで好評を得た。そうした企業にはビジネスの成果もあった」と答え、小助川氏はこうした世界的潮流はこれからの消費を担うミレニアル世代以降の発想があるからで、「社会性の視点を取り入れないと、これからのビジネスの成功は難しくなる」と議論を締めくくった。
最後の懇親会では、ヤフー テクノロジーグループデータ統括本部 データソリューション事業本部長の谷口博基氏が、データに基づく事業創造や成長、課題解決を支援する企業や自治体向けのデータソリューションサービスを紹介(※5)。ヤフーが持つデータの強みである「客観性」「種類の豊富さ」「リアルタイム」の3つについて、事例を交えて解説し、イベントは幕を閉じた。
ヤフーは今後より一層クリエイティブに注力し、新たな取り組みを推し進めていくという。