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【前回のコラム】「講座に通っただけでコピーライターになれるほど、この世界は甘くない。」はこちら
「コピーライターで飯を食っている人なんていないよ」
大学は広告業界に進む人がほとんどいなくて、進路指導室では「コピーライターになりたいんです」と伝えると「何それ?」と苦笑いされました。広告会社に就職した先輩のOB訪問では「コピーライターで飯を食ってる人はいないよ」なんて言葉をかけられたこともありました。
もし講座に通っていなかったら、マイナス思考の私はここで引いていたんだろうなと思います。でも講師の方や同期を含め、たくさんのコピーライターの方に実際に会って、いろいろな話を聞いていたので、それらの言葉によるダメージはありませんでした。むしろ、そんな風に言ってきた人たちのことを見返したいなと逆に沸々と燃えていました。
講座の仲間とつくった就活グループが励みに
コピーライター養成講座に通っていたからといって、就活が楽勝だったわけでは当然なく。そもそも、ほとんどの企業が総合職で募集をしていて、コピーライターを新卒で募集している会社自体が見つからないのです。『コピー年鑑』の索引に載っている会社を片っ端から検索して、コピーライターを募集している会社を片っ端から検索する日々でした。
就活が解禁した4〜5月は毎日ESの課題の締め切りに追われ、宣伝会議のセミナーや講座で知り合った友人とグループをつくって夜中に通話しながら「あーでもない、こーでもない」と、早朝までかかってこなしていました。しかし、やはり甘くないこの世界。結果的に私は新卒でコピーライターにはなれませんでした。
人生を左右したのは、一冊のポートフォリオ
新卒で入った会社にも、転職した現在の会社にも、入社後に「なんで私は受かったんですか?」と聞いてみたことがある。両社とも、決め手になったのは私のポートフォリオでした。
新卒で入社した会社は制作職(デザイナー)採用だったので、「コピーのポートフォリオを送ってきた子は初めてで面白そうだった」と聞きました。転職した今の会社の上司は、「ポートフォリオを送ってきたのがひとりしかいなかったから、誰よりもやる気を感じた」と答えてくれました。さらに共通していたのは、「ポートフォリオがあったから次の面接に通すことにした」と言われたことです。
どちらの会社も、エントリー時にポートフォリオの提出は指定されていませんでしたが、送ってマイナスになることはないだろうと思い、勝手にポートフォリオを送りつけていました。賞なんて獲ったことはないけど、自分がどういう思考で物事が考えられる人間なのかを少しでも知ってほしくて、講座で評価してもらったコピーや企画の課題と、公募でつくったコピーをまとめたポートフォリオを送っていました。
とは言え、「正直、何も賞を獲っていないのに送ってよいものなのか…」と迷っていました。後押ししてくれたのは、20期の同期。当初、ポートフォリオってなんですか?状態だった私に、「絶対につくったほうが良いよ」とみんなが自分のポートフォリオを見せてくれて、アドバイスをもらいながら一冊のポートフォリオを完成させたのです。
たかがポートフォリオ、されどポートフォリオ。新卒のときも、転職するときも、あの一冊がなければ入社できていなかったと思うと、同期たちの助言にただただ感謝するばかりです。
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海本 栞璃
PARKコピーライター。1994年生まれ。愛知県出身。宣伝会議「コピーライター養成講座 」名古屋教室 20期修了。名古屋商科大学を卒業後、名古屋の印刷会社を経て、2019年1月より現職。「愛はあるか?」を企業理念に、スタートアップ・ベンチャーのブランディング・CI/VI開発を中心に活動。「死ぬこと以外はかすり傷」を座右の銘に、東京という大都会で日々奮闘中。