企業がSDGsに取り組む、すなわちSDGsを経営に取り入れるにあたり、既に書籍、講演、セミナーなどが開催されていますが、今回『予定通り進まないプロジェクトの進め方』(宣伝会議2018年刊行)の著者、前田考歩さんが、SDGsに取り組んでいる企業事例を、プロジェクト譜というプロジェクトの進め方を構造化・可視化したフレームワークで解説します。
※記事に掲載した資料は、2019年9月17に開催されたきらぼし銀行主催の「ビジネスチャンスを創造せよ!SDGs スタートアップセミナー」で制作され、株式会社TBMの監修を経て公開されています
SDGsを経営に取り入れた成功事例として、既に多くのメディアで取り上げられている株式会社TBM。石灰石を主原料とするLIMEX(ライメックス)を自社開発し、紙やプラスチックの代替品として、名刺、食器、バッグなどの様々な商品を製造・販売しています。
この記事では、プロジェクト譜(プ譜)をつかって、どのようにLIMEXの事業を興したのか、SDGsを経営に取り入れてどのような変化があったのか、というプロセスを可視化しながら解説していきます。まずLIMEX開発のきっかけとなった局面から見ていきましょう。
2008年、創業者の山﨑氏は、ストーンペーパーでつくられた名刺を知人から紹介されたことをきっかけに、製造元の台湾メーカーと交渉し、日本での販売を開始します。「ストーンペーパーの輸入事業を成功させる」。これをプ譜のフレームワークに当てはめると、プロジェクトの獲得目標になります。目標を成功させるためには、どうなったらそれが成功と言えるかという評価指標や判断基準、目標が成功したときの人々や社会の状態を具体的にイメージすることが必要です。
2000年には国連がミレニアム開発目標(MDGs)を決定し、2005年にはG8で『気候変動、 クリーン・エネルギー、持続可能な開発』が制定されたばかりでした。環境意識の高まりから、山﨑氏は環境意識の高い企業に導入されることを目指して営業活動を行います。こうした成功のイメージや評価指標のことを、プ譜では「勝利条件」といいます。
勝利条件を実現するには、自社製品の品質、オペレーションや組織文化、製品を使用する人々の価値観など、色々な要素の“あるべき状態”をつくりあげる必要があります。こうした“あるべき状態”のことをプ譜では「中間目的」といいます。環境意識の高い企業に導入されるための中間目的には、「企業が購入できる品質と価格を担保できている(べき)」ことと、「取引して問題ないと思える社会的・財務的信用がある(べき)」というものがありました。
当時、台湾から輸入していたストーンペーパーは、紙よりも重く、厚みがあって、高いものでした。企業が導入するには十分といえる品質ではなかったのです。この中間目的を実現するためには具体的な行動が必要です。この具体的な行動のことをプ譜では「施策」と呼びます。「企業が購入できる品質と価格を担保できている」という“あるべき状態”を実現するために、山﨑氏は台湾メーカーに幾度も交渉を行いますが、現状のままで良しとするメーカーは品質改善になかなか取り組んでくれませんでした。
二年にわたって交渉を続けても状況は進展せず、山﨑氏はメーカーと交渉する施策をやめ、自社開発することを考えます。折しも2010年に“紙の神様”の異名を持つ角祐一郎(現、同社会長)との出会いもあり、山﨑氏は角氏を会社に迎え入れ、自社開発に乗り出します。またこの時期に、経営学者であり事業家でもある野田一夫氏と出会い、有望な革新的商品開発事業に対しては、国の支援制度が整っていることを教わり、国の補助金制度に応募するよう勧められました。
自社開発に乗り出すとはいえ、自前の研究施設や工場を持つには多額の資金が必要です。開発当初は他の企業や大学のラボを借りていました。研究開発のスピードを速めるためには資金を確保して、自前の研究施設を持つことが重要だったのです。
自社開発に乗り出したことで、目標と勝利条件は、輸入したストーンペーパーではなく、自社開発したLIMEXで事業を行うことに切り替わります。
2013年、LIMEXの事業は、野田氏に勧められて応募した経産省のイノベーション拠点立地推進事業に採択され、9億円の補助金を得ます。この資金を元手に、2015年には宮城県白石市に国内第一プラントを建設。工場設立後しばらくは製品が生まれず、多くの試作品が日の目を見ませんでしたが、このときの経験がLIMEXを紙の代替品だけでなく、プラスチックの代替品としての利用を見出すことにつながったと山﨑氏は言っています。試行錯誤を経て、2016年、ついにLIMEX製の名刺を本格販売することになります。なお、名刺販売に先立つ2015年に、SDGsが国連で決定されました。
ここで注目いただきたいのは、LIMEXはSDGsが決定されるよりも早く、環境意識の高い企業への導入を目指していたことです。ゼロからSDGsの目標を実現する、社会課題を解決する事業を創るという方法もあれば、既存の事業をSDGsに結び付けていくという方法もあるということです。
実際にTBM社は2016年にSDGsを経営に取り入れることを決定し、これによりさらにLIMEX事業を成長させていくことになります。
SDGsを経営に取り入れることのメリットは大きく二つありました。一つは、SDGsという「共通言語」により、ステークホルダーとの接点をクリアに描き出し、LIMEXを使用した新商品のヒントを得るということ。二つめは採用活動です。
まず注目したいのは、LIMEXを使用した新商品のヒントを得ることについてです。実際に大日本印刷をはじめとする企業と、マイボックス*や建装材などの共同開発につながっています(* 持ち帰り用の食品容器)。
どのタイミングかは定かではありませんが、製品ラインナップの多様化に取り組み始めた頃に、LIMEX製品を自社だけで企画・製造・販売するのではなく、「LIMEXという素材が様々な用途に活用されるようにする」ということに勝利条件がシフトしたのではないかと考えられます。
この「様々な用途に活用される」勝利条件を実現するためには、当然“あるべき状態”も変更しなければなりません。LIMEXが「印刷以外の“製造”が可能になっている」べきでしょうし、LIMEX自体の「知名度が上がっている」べきでしょう。
実際、数々のLIMEX製のアイテムを世に出したタイミングで、2018年のCOP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)でLIMEX製のレジ袋、ゴミ袋、ショッパーを発表し、2019年にはG20イノベーション展で主原料の石灰石と植物由来樹脂でつくられたBio LIMEX Bagを発表するなど、SDGsの文脈で製品を製造することと、多くの人々の注目を集めるイベントで発表することができており、製品ラインナップの多様化と知名度の向上が相互にフィードバックしています。
もちろん、この動きを支えているには自社開発を始めたころの製品開発の試行錯誤の経験が生きていることは言うまでもありません。
もう一つ、SDGsを経営に取り入れることのメリットとして見逃せないのが人材採用です。台湾のストーンペーパーの輸入販売を始めた2008年から10年以上が経ち、高い社会貢献意識をもつミレニアル世代(1980年代~2000年代生まれ)が社会に出てきています。彼らは会社の知名度やイメージだけでなく、実際にその会社が事業を通じてどのような影響を社会に与えているかをよく見ています。TBM社には、単にビジネス経験を身につけたい、就活に有利だからという理由だけではなく、社会貢献意識の高いインターン生が多くやって来ているそうです。
TBM社の事例は、既存事業にSDGsを取り入れることで、社会課題の解決に貢献しながら、事業を成長させている好事例ですが、SDGsを取り入れる以前から培ってきた経験を抜きにしては成り立っていません。そうした経験をSDGsの目標実現に結び付けていくことが肝要です。
LIMEXはもともとがエコな製品であるという特徴がありましたが、エコではない製品でもSDGsに貢献する事業をつくることが可能です。そのためには、自分たちの事業や製品がSDGsのどんな目標に貢献するかを知る必要があります。
SDGsには17の大きな目標があり、それぞれの目標にターゲットと呼ばれるさらに具体的な解決すべき内容が設定されています。TBM社の事例をプ譜で解説したセミナーでは、こうしたSDGsのターゲットと自社の事業を結び付け、どのようにプロジェクトを進めれば良いかというシミュレーションを行いました。
まず、自分たちの事業を通じて人々や社会がどのようになっていたら良いかという“ありたい姿”を描き、次に自分たちのリソースや置かれている環境を認識します。このありたい姿と自分たちの間のギャップを、“あるべき状態”と具体的な行動の仮説を立てるバックキャスティングの手法を使い、どのようにSDGsに取り組むかを仮想演習します。
SDGsに取り組んでみたいと思っている経営者や、プロジェクトを任された担当者のみなさんは、まずSDGsにどのような目標とターゲットがあるかを知ることから始め、取り組むとしたらどのようなプランが描けるかということを、プ譜をつかって大枠のシミュレーションをしてみることをお勧めします。
株式会社TBM
2011年創業、自社開発の新素材「LIMEX」メーカー。石灰石を主原料とするLIMEXは従来のパルプ紙、合成紙に比べ製造工程での環境負荷を大幅に削減でき、世界的な環境意識の高まりを受け注目を集める。現在紙製品、プラスチック製品の代替品として買い物袋やメニュー表、名刺、アメニティやペンなどとして多くの企業が採用。海外進出も果たしている。SDGsをいち早く経営に採り入れ、福井県鯖江市、慶應義塾大学大学院とSDGsへの貢献を目指す相互連携協定を締結、神奈川県とLIMEXのアップサイクルを通じた循環型のまちづくりを推進するなどの活動を行っている。
書籍案内
『予定通り進まないプロジェクトの進め方』
ルーティンではない、すなわち「予定通り進まない」すべての仕事は、プロジェクトであると言うことができます。本書では、それを「管理」するのではなく「編集」するスキルを身につけることによって、成功に導く方法を解き明かします。